当事務所の黒澤有紀子弁護士と安原幸彦弁護士が担当した事件で勝訴判決を獲得しました。判決は、判例時報2328号129頁、労働判例1152号13頁に掲載されています。
1 事案の概要
被告である尚美学園は、その専任教員の定年を就業規則上、満65歳としていました。そのうえで、定年退職した専任教員を特別専任教員として雇用する旨の規程及び長年の例外なき再雇用の前例もありました。特別専任教員の契約期間は1年間であり、契約更新は70歳を限度とされています。原告である労働者は、専任教員として採用されましたが、採用の申込みを行う前に、被告から、65歳を超えると70歳まで総報酬が従前の7割になるものの、職務内容等の労働条件は変わらず、70歳まで雇用保障がされているとの説明を受けました。原告は、この説明内容にメリットを感じ、それが確実に履行されるものと信じて、被告に転職することを決意し、前職に退職願を提出しました。
しかし、被告は、原告が65歳で定年となった後、採用前の説明及び原告の希望にもかかわらず、所属する学部で初めてのケースとして、特別専任教員として再雇用することを拒否しました。原告は、特別専任教員としての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるなどして、東京地方裁判所に訴えました。なお、原告は、労働組合の副執行委員長です。再雇用拒否に当たり、労働組合への協議はありませんでした。
2 事件で問題となった点
この事件は、65歳定年制を採用する使用者において、定年後再雇用制度を定め、採用前に再雇用する旨の説明が行われ、かつ、就業規則の運用として従前は希望した全員が例外なく再雇用されていた場合、定年退職した労働者に再雇用後の地位が認められるかが争われました。この事件で難しいのは、定年によって一旦退職しているとされることです。つまり、再雇用は、形式的に見ると新たな雇用であり、使用者の裁量権の範囲内と位置づけられかねません。定年後再雇用の事案においては、有名な津田電気計器事件(最判平成24年11月29日労判1064号13頁)がありますが、これは60歳定年の事件であり、高年法9条1項2号所定の継続雇用制度を導入した事案だったことが大きな特徴でした。今回の事件は、65歳定年制を採用している使用者(大学)における再雇用ということで高年法は適用外の事件です。そういった場合に、労働者(教員)に再雇用後の地位を確認できるのかが争われた事件でした。
3 65歳定年制で再雇用拒否を無効とする画期的判決
東京地裁は、以上の争点について、以下のように判示しました。
「労働者において、定年時、定年後も再雇用契約を新たに締結することで雇用が継続されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる場合、使用者において再雇用基準を満たしていないものとして再雇用をすることなく定年により労働者の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情がない限り、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、この場合、使用者と労働者との間に、定年後も就業規則等に定めのある再雇用規程に基づき再雇用されたものと同様の雇用関係が存続してきるものとみるのが相当である(労契法19条2号類推適用、最高裁平成23年(受)第1107号同24年11月29日第1小法廷判決・裁判集民事242号51頁参照)。」本件事実関係の下においては、「定年時、本件再雇用契約を締結し、70歳まで雇用が継続すると期待することが合理的である。」「確かに、本件は、高年齢者雇用安定法の適用のない事案ではあるが、労働者に雇用継続への合理的期待が生じた場合、その期待を法的に保護し、期間満了による契約の終了に制約を課すという労契法19条2号の趣旨は、本件のような定年後再雇用においても妥当するといえる。ただし、定年後再雇用の場合、直近の有期労働契約が存在しないため、従前と同一の労働条件で労働契約が更新されると擬制することができない。したがって、同条を類推適用し、本件規程が定める再雇用制度に基づく労働契約上の地位にあるものとみなすのが相当である」。
東京地裁は、原告の主張を認め、労働契約法19条2号の類推適用という新たな法律構成を採り、原告の特別専任教員としての地位を認めたのです。65歳定年制を前提とする再雇用事案において、再雇用後の地位を認めた判決であり、高齢者雇用について非常に重要な判決と言えます。