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憲法で日本を「平和の緩衝地帯」に!~Oota憲法School「ウクライナ情勢が日本に突きつけるもの」感想~

2022.06.21

 弁護士 海部 幸造

1、伊勢崎賢治さんのお話
6月8日に「大田憲法会議」の学習会に伊勢崎賢治さんをお願いしてお話を伺いました。伊勢崎さんは国連職員や日本政府代表としてシェラレオネやアフガニスタンでの武装解除を指揮され、現在東京外語大学の教授(平和構築学)で、トランペッターでもあります。
たっぷり2時間超お話を伺い、具体的な活動経験に裏打ちされたお話は大変面白く、その内容は多岐にわたっていて、とてもここで全部ご紹介は出来ませんが、いくつかの点をピックアップして、私自身の感想等も交えて書いてみます。但、私が伊勢崎さんのお話をどこまで正確に理解、把握したかは疑問のあるところであり、文責は全て私にあることは最初にお断りをしておきます。

2、戦争のプロパガンダ10の法則
(1)伊勢崎さんは、国は、戦争を始めるため、戦争を継続するために必ず10の嘘をつく、といいます。英国のアーサー・ポンソンビー(1871~1946)(男爵で下院議員、後に上院議員)によるものだそうです。それは、
① われわれは戦争をしたくはない
② しかし敵側が一方的に戦争を望んだ
③ 敵の指導者は悪魔のような人間だ
④ われわれは領土や派遣のためではなく偉大な使命のために戦う
⑤ われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる
⑥ 敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
⑦ われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
⑧ 芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
⑨ われわれの大義は神聖なものである
⑩ この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である
こうしたプロパガンダが、メディアを通じて繰り返し流布されるのです。
(2)ホントですねー。 太平洋戦争に向かった日本ではこの全てが当てはまり、その頃の日本のことをそのまま述べているようで身につまされる思いがします。そして今回のロシアも。
後でネットで調べてみたら、これは1920年に提唱されたといいますから、もう100年も前のこと。本当に普遍的な指摘なんだと思います。
そしてこの内容は、現在のロシアのウクライナ侵略を非難する私たち自身も、こうしたプロパガンダに巻き込まれていないか、常に冷静にチェックしなければならないと、改めて思わされることでもあります。

3、ロシアのウクライナ侵略の「理屈」 ・・ NATOの東方拡大
(1)今回のロシアのウクライナ侵略の理由の最も大きなものは、NATOの東方拡大への懸念(脅威)です。
この点で伊勢崎さんは、「NATO東方不拡大」の「約束」について指摘されました。米ソの首脳会談の中で、そのような言明があったことが、ジョージワシントン大学のナショナル・セキュリティ・アーカイブスの調査で明らかになったのです。但し公式の署名文書にはなってはいません。
他の論稿からの私のよみかじりによれば、上記の発言は、1990年のドイツ統一交渉時の米ソの首脳会談の際の、ベーカー米国務長官によるもので、 NATOについて「1インチも東方に進出しない」としているのです。
伊勢崎さんは「こうした事実(発言はあった。公式の署名文書はないという)をどう評価するか意見はいろいろだが、」と述べておられましたが、プーチンはこれを「約束」があったと捉え、西側がこの約束に違反して東方拡大をし、ロシアを脅かしたと主張するのです。
(2)もちろん仮にこれを「約束」があった、西側がそれを破ったと評価できるとしても、それは今回のロシアのウクライナ侵略を正当化する理由には全くなりません。しかし、「約束があった」と評価するか否かは別として、上述のような事実があったことには現在では疑いはありません。そして後にも述べるように、そこに侵攻の「正義」は無くても侵攻の「理屈」はあるので、その「理屈」を「理解」する(「承認する」こととは違う)ことは重要なことのはずです。
ソ連の崩壊後ワルシャワ条約機構が解散したのに対して、NATOは存続するばかりか東方に拡大し、ソ連当時の同盟国やソ連の一部だったバルト3国などもNATOに加盟したこと(結果ソ連崩壊当時のNATO加盟国は16カ国であったものが現在30カ国)、更にウクライナやジョージアも加盟しようとしているということが、そしてそこにロシアに向けてのミサイルが配備されるようなことがあり得るのではないかという懸念が、ロシアにとっての大きな脅威、恐怖と映っても無理からぬことだったと思います。それは、1960年のキューバ危機の際にキューバに核ミサイルを持ち込もうとしたソ連に対してアメリカが強く反発し、核戦争寸前にまで緊張が高まったのと同じです。
(3)これも他の論稿の読みかじりですが、冷静終結に向かった1980年代の末。当時ソ連のゴルバチョフ書記長はワルシャワ条約機構とNATOを全欧州安全保障機構に統合し、経済統合も進める、「欧州共通の家」構想を提唱しました。上記のベーカー米国務長官の発言もそうした全体の流れの中で出たものだったのでしょう。伊勢崎さんは、この時期の西側は、ゴルバチョフが失脚することのないように大事にしようとしていたと説明されましたが、ベーカー発言の背景として納得できる事です。
しかし結局、ワルシャワ条約機構は解散したもののNATOは解散するどころか、東方に大きく拡大していったのです。そして、ウクライナとジョージアのNATO加盟を2008年4月に行われたNATO首脳会談で突然提案したのはアメリカのブッシュ大統領であり、ドイツ、とフランスが「ロシアを刺激する」として反対したにもかかわらず、結局「将来のウクライナ、ジョージアの加盟を支持する」という中間的形で妥協し、今日の火種となったのです。
もしも先述のゴルバチョフの構想のような、ロシアも参加する全欧州安全保障機構が実現していれば、現在のような西側とロシアが対立緊張す欧州の現状は大きく違ったものとなっていたでしょうし、そこまででなくとも、NATOがこれほどに東方拡大をしなければ、今回の戦争も起こらなかったのではないでしょうか。
(4)そして、問題なのは、こうした事実をマスコミは全くと言って良いほど報道しないことです。「NATOの東方拡大」は報道してもその背景については全く報道がありません。前述の「戦争のプロパガンダ」に照らして考えておく必要があると思います。
また、伊勢崎さんは、プーチンは酷いけど、アフガニスタン戦争におけるアメリカ(タリバンがアメリカを攻撃したわけでもないのに、アルカイダをかくまっているとして攻撃をし、しかもボコボコにしている)や、イラク戦争におけるアメリカ(先制攻撃、しかも大量破壊兵器を製造しているという虚偽の証拠に基づき)はもっと酷くないのか、と指摘されます。
それは全くそのとおりですよね。そして、こうした視点をマスコミは全く指摘しません。

4、緩衝国家
(1)伊勢崎さんは、「緩衝国家」という事を話されました。
敵対する大きな国家や軍事同盟の狭間に位置し、武力衝突を防ぐクッションになっている国を「緩衝国家」というそうです。その敵対するいずれの勢力も、このクッションを失うと自分たちの本土に危険が及ぶと考えるため、軍事侵攻され実際の被害を被る可能性が普通の国より格段に高いといいます。ウクライナもノルウェーもそして日本も「緩衝国家」です。
ロシアにとって、NATOの東方拡大、ウクライナのNATO加盟はまさにこのクッションを失う危険、脅威だったという事なのです。
(2)伊勢崎さんは、2014年のロシアによるクリミア併合以降、欧州の状況が大きく変わってきていたと言います。ノルウェーは、NATO加盟国ではあるが、ノーベル賞の国であり、平和活動に存在感を示してきて、平和のブランドを持っていたが、クリミア併合後、北極圏の中心都市トロムソにアメリカの原潜が初めて寄港して大きな議論となっているとのこと。またバルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)はNATOには2004年に加盟していたが、もしもロシアが進行してくるような場合にミサイル発射の拠点となりロシアに対するトリップワイアー化が進んできているとのことです。
ロシアは緩衝帯を失うことを恐れて軍事力にものを言わせ、かえって緩衝国をNATOの側に押しやったのです。

5、ロシア侵攻の予測とその目標
(1)ロシアのウクライナへの侵攻は今年の2月24日に開始されましたが、今回現に行われたような大きな軍事行動は一般的には予期されて来ませんでした。
しかし。昨年12月の段階で研究者達の国際的会合がノルウェーで開催され、伊勢崎さんも参加され(ロシアからも研究者の参加があったとのことです)、状況を分析して、戦端が開かれることは必至と予想していたといいます。すなわち、今回の戦争は突然始まったものでは決して無い。ロシアは昨年4月の段階から兵力の集中を進めて準備を進めてきており、にもかかわらず、戦争回避のための外交努力がなされなかったということなのです。
(2)上記の会合ではまた、ロシアは何を目標にするかといった点も検討され、概ね以下のような分析だったとのことです。すなわち、
・ロシアはウクライナ全体を軍事的に制圧するなどということは無理だし、考えていないだろう。なぜなら、軍事的制圧には、点ではなく面を支配出来る陸軍が必要であり、莫大な資金も必要である。人口4000万を超えるウクライナの制圧には100万の兵力が必要だが、ロシアにはそのような兵力はない(陸軍は30万。予備兵を入れても50万という)し、資金もない。プーチンはそのような無謀なことはしない。
・獲得目標とされるのは、東部ドンバス地方および、同地方とクリミア半島を結ぶ回廊地帯。更にできればそれを西に伸ばして、黒海沿岸部を抑え、ウクライナの内陸化を図る(ロシアが黒海を支配する)だろう。
・最初はキエフを攻めるだろうが、落すつもりはなく、東部のウクライナ軍をキエフに引き寄せるための陽動作戦になる。
現状は、まさにこうした事態に進もうとしているように見えます。

6、停戦の仲介
伊勢崎さんのお話では、この戦争を1日も早く終わらせなければならないが、そのためには仲介者が必要であり、仲介者としては中国しかないだろう。しかし仲介者にはリスクがある。つまり失敗すれば面子がつぶれる(特に習近平は面子がつぶされるようなことは絶対避けるだろうな~というのは私の感想です)。そして仲介に出やすいような国際世論を作る必要がある、とのことでした。
私などは、本当は憲法9条を持つ日本こそがそうした国際世論作りの活動をしたら良いのに、と思うし、伊勢崎さんもそのように考えられているのではないかと(勝手に)受け止めているのですが、今の政権の人たちには毛ほどもそうした発想はないのでしょうね。本当に情けないことです。

7、地位協定、新9条論、「平和の緩衝地帯」
(1)そのほか、伊勢崎さんは、様々なお話をされました。
アフガニスタンからのアメリカ、NATOの撤退の際の各国の対応(自国民のみならず、アフガニスタンの協力者達の撤退に努めた)と比べて唯一自分たちだけがさっさと逃げた日本の対応の酷さ、ウクライナ人は助けるがミャンマー人は助けない日本の対応の問題性、人権外交を考える超党派議員連盟の結成活動、国際人道法、人権の普遍的管轄権の問題等々、多岐にわたるお話をされましたが、とてもご紹介できません。
最後に地位協定のお話しをされました。
伊勢崎さんによれば、地位協定とは、ある主権国家の中に何らかの事情で異国の軍隊が駐留するという異常事態を制度化するものである、とされています。そして、「戦時」-「準戦時」-「平和時」と移行するのに対応して、駐留軍の自由度は低減し被駐留国の主権が回復してゆく(むろん主権国家の側の強い主張、交渉により)のが一般です。しかし、アメリカと地位協定を結んでいる外の国々と比べて日本の主権の放棄ぶりは、ドイツ、イタリア、韓国、フィリピン、アフガニスタン、イラク等と比較しても際立っているのです。
この問題については、伊勢崎さんと布施祐仁さんの共著「主権なき平和国家 ~地位協定の国際比較から見る日本の姿~ 」(2017年に出版されたが、昨年10月に増補版が集英社文庫から出版)があります。私も取り寄せて、現在読み出したところですが大変い興味深い本です。皆様に是非一読をおすすめします。
この本の最後の方で、伊勢崎さんの読者へのメッセージがあります。少し長くなりますが一部を引用します。
「アメリカの仮想敵国の真正面に位置する日本。加えて、アメリカ本土から最も離れたところで、その仮想敵国の進出を抑える防波堤となる『緩衝国家』日本。この日本を支配するにおいて、国内で『最も差別された地域』沖縄に、あえて駐留を集中させ、駐留が起因となる反米感情が、常にこの地域に限定された『民族自決運動』になるように、その緩衝国家本土の『反米国民運動』に発展させない。これが誰かのグランドデザインだったら、あっぱれとしか言いようがない。」
なるほど、私たちはまさ指摘されるような状態に置かれてきたと思うし、その時々の権力により、こうした方向への判断が積み重ねられてきたのだろうと思いました。
(2)講演ではほとんどお話をされませんでしたが、伊勢崎さんは「新9条」を提唱しておられます。憲法の前文と9条をすばらしいものとして受け止めた上で9条2項についてこのままで良いのか、と問題提起をされています。それは9条を破壊しようとする改(壊)憲派の議論とは異なるものであり、現在の国際状況の中で軍事的抑止力をどう評価するかの問題であり、また、国家の最大の暴力装置である軍隊のコントロールの法整備をいかにするかの問題であろうと思います。
私自身は憲法9条堅持論者ですが、伊勢崎さんの「新9条論」も、「日米地位協定の改定」が大前提であり、その「改定」とは、「在日米軍基地が日本の施政下以外の他国、領域への武力行使に使われることの禁止」であるということのようです(上記の本の布施さんの後書き)から、目指している方向はそれほど違わないように思います。
しかし、今この時期に、9条堅持か、新9条かを論争しても改(壊)憲論を利するだけだと思います。伊勢崎さんも今回のお話の中で、9条2項についての議論は、「しばらく埋めておく」と話しておられました。
(3)私が最近読んでとてもしっくりとした、浄土真宗本願寺派延立寺の松本智量住職の言葉を転記させてもらいます。
「今回のロシアの侵略をもって、『攻め込まれたらどうするのか』といって、憲法9条の話を始めることほど乱暴なことはありません。侵略や戦争を天災と勘違いしているのではないか。 侵略に正義はないが、『理屈』はある。侵略の相手にも『理屈』があり、ある日突然、侵略が襲いかかってくるものではありません。ならば侵略の可能性が現実になる前にやるべきことは山ほどある。憲法9条も前文も、いかにして武力衝突が起きないようにするか、その努力を求めているところに一番大事な本質があります。」
本当にそうだと思います。9条に関して議論すべき点はいろいろあるが、今、この憲法前文と9条の一番本質的な部分を投げ捨て、破壊しようとしているのが改憲派の策動です。そして、それを許さないという点では、伊勢崎さんも一致できるのだろうと受け止めています。
(4)4年前に亡くなられた翁長前沖縄知事は、要旨次のようなことを述べておられたとのことです。
「離島である沖縄は、海で諸国とつながっているという世界観を持っている。沖縄戦という未曾有の体験をへて、平和に対する絶対的な願いを持ち続けている。基地問題の解決は、日本が平和を構築していくという決意表明になるだろう。沖縄は米軍基地によって世界の安定に貢献するのではなく、『平和の緩衝地帯』として貢献したいと考えている。
沖縄が日本とアジア、日本と世界の架け橋になる役割を存分に発揮していく。辺野古新基地建設反対に託して、そんな時代が来ることを私は夢見ている。」
日本全体が、「緩衝国家」として米中対立の戦場になることなく、積極的に「平和の緩衝地帯」として米中戦争を防ぐために役割を果たす事ができたならすばらしいのに、と思います。そのためにも、今9条を破壊させてはならないと思います。(参照。「日米同盟・最後のリスク」布施祐仁。創元社)