コラム

うるさい!危険!な羽田新ルート

2021.06.14

弁護士 坪田 優

 2020年6月12日、東京都内や神奈川県川崎市等に居住する原告ら総勢29名が、羽田新ルート指定等の取消を求める行政訴訟を東京地裁に提起しました。弁護団の構成員は、東京南部法律事務所所属の佐藤誠一弁護士と私坪田優を含む計6名です。そして現在、第4回口頭弁論期日を9月22日に控えています。

この訴訟では、①都心上空を経由して羽田空港に着陸する新飛行ルート及び川崎市の石油コンビナート地域上空を通って羽田空港から離陸する新飛行ルートの指定、②東京航空局長の東京国際空港(羽田空港)長に対する、川崎市の石油コンビナート地域上空の飛行禁止を定めた昭和45年の規制(旧通知)を撤廃する通知(新通知)の取消をそれぞれ求めています。

①は、「羽田新ルート」と呼ばれる新飛行ルートを指します。「羽田新ルート」には、都心上空を経由する着陸ルート、川崎市の石油コンビナート地域上空を経由する離陸ルートの2つが含まれています。

②は、「航空機は、国土交通省令で定める航空機の飛行に関し危険を生ずるおそれがある区域の上空を飛行してはならない」とする航空法第80条・同施行規則第173条の規定に基づき発出された旧通知による飛行制限を撤廃する新通知のことを指します。コンビナート地域上空の飛行を制限する旧通知が存在する限りは、前述した新離陸ルートを使用することはできません。そこで、国はこれを撤廃する新通知を発出しました。いわば、②は羽田新ルート設定という目的達成のための下準備です。

都心上空やコンビナート地域上空を低空飛行することにより、周辺住民への騒音被害が生じています。羽田新ルート直下の港区などで平日昼間に空を見上げれば、大きな鉄の塊の影が、轟音を立てて空を切り裂いていくのがすぐに分かるはずです。

また、本訴訟では、航空機からの落下物等による危険についても主張していきます。もし、コンビナート施設に航空機の部品等が落下すれば、コンビナート施設を損傷させ、ひいては火災等の大きな災害を引き起こしかねません。前述した旧通知がコンビナート地域上空の飛行を制限していたという事実は、国も落下物の危険性を十分に認識していたということを意味するのではないでしょうか。

本訴訟では、羽田新ルート直下に居住する住民やコンビナート施設で労働に従事する労働者等の生命・身体への危険、騒音による市民の静穏な生活への影響を十分に考慮することなく、「観光立国」の旗印のもとに利便性のみを追求するような国の姿勢の不当性や不正義を明らかにしたいと考えています。

「清見弁護士を偲ぶ」

2021.06.04

清見栄弁護士が5月3日に心不全で永眠しました。71歳でした。
清見弁護士は、中央大学法学部を卒業後、1976年に弁護士になり、東京南部法律事務所で45年間活動しました。全国金属労働組合(現在はJMITU)大田地域支部を中心とする多くの地域の労働事件に関与したほか、総評弁護団(現在の日本労働弁護団)の総括事務局として、労働組合の職場活動の調査を主導しました。清見弁護士が主任となり、能力不足を理由とする解雇に厳しい枠をはめて勝利したセガ・エンタープライゼス事件は、代表的な先例として、労働法を学ぶ学生が触れる事件になっています。
また、大田借地借家人組合の顧問として、大田の借地人、借家人のために数多くの裁判を担当して成果をあげました。
趣味の世界では、音楽鑑賞(クラシック)、読書(歴史と経済)、釣などに加えて、中学の頃から真空管ラジオを自作する機械マニアで、パソコンも自作していました。事務所でワープロやパソコンを導入したのは、他の事務所よりかなり早く1982年頃ですが、清見弁護士が中心になっていました。
2019年末にインフルエンザに罹患した後、間質性肺炎などで通院していましたが、この4月まで事務所に出て仕事をしていました。コロナが収束した後に、皆様と共に偲ぶ機会が設けられればと思っています。清見さんゆっくりお休みください。
塚原英治

メーデーの起こりとフランスのメーデー

2021.04.26

弁護士 塚原英治

 8時間労働制という、今では建前としては当たり前になっている(日本では未だに完全には実現していませんが)ことも、19世紀には革命的な要求でした。

1886年5月1日、アメリカの労働者は8時間労働制を要求して全米で19万人が一斉にストライキに入り、34万人が平和的なデモ行進をしました。8時間を認めた企業もいくつもでましたが、労働者の革命が起こるのではないかと恐怖に駆られた経営者や州政府もありました。運動の中心であったシカゴでは5月4日、前日の警察による労働者への襲撃に抗議する労働者がヘイマーケット広場に集まったところ、警官隊が労働者を攻撃し、何者か(スパイだと考えられている)が警官隊に爆弾を投げ、警官隊がライフル銃を乱射する事態となり、多数の死傷者を出す事件がおこりました。首謀者とみなされた労働者4名が死刑に処せられました(裁判については国際的な救援活動が起こりました。後にえん罪と判明し、終身刑に処せられていた労働者は釈放されました)。西欧諸国の社会主義政党・労働組合活動家の国際組織である第二インターナショナルは1889年の創立に際し、このアメリカの労働者の闘いを記念することとし、5月1日をメーデーとして労働者の統一行動日としたのです。8時間労働制が世界的に確立するのは、ロシア革命を経て、1919年のILO第1号条約においてです。

フランスでは、元老院(上院)が1919年に8時間労働制を認め、5月1日を休日とすることにしました。1947年には有休の休日とすることが決まりました。フランスでは、この日の法定労働は禁止されており、そのため公共交通機関も止まりますし、多くの店舗も閉まります。労働組合のパレードが行われる他は、みな家で家族や友人と過ごす日になっているといいます。

* ヘイマーケット事件については、ボイヤー=モレース『アメリカ労働運動の歴史Ⅰ』(岩波書店、1958年)153-187頁に拠っています。

フランスの話は、在日フランス大使館のホームページなどに拠っています。

自己紹介~2020年12月に入所した永井久楽太です~

2021.03.19

みなさま、はじめまして。2020年12月に東京南部法律事務所に入所いたしました、73期で弁護士の永井久楽太(くらふと)と申します。

弁護士を志した理由は様々ありますが、一番最初のきっかけは2008年のリーマンショックです。当時高校生1年生だった私は、日比谷公園で行われた年越し派遣村の活動と、そこでの弁護士の相談活動をテレビを通して知りました。今まで会社のために貢献していた人を平然と切り捨てることに憤りを抱き、弁護士という職業を目指すことを考え始めたことを覚えています。

その後、大学1年生となった2011年には、私が弁護士を現実的に目指す上で2つの大きなことがありました。一つ目は、東日本大震災と福島原発事故です。多くの方が避難を余儀なくされ、それが現在まで続いています。大学時代、東京電力と国に対する損害賠償請求での避難されている方の声を代弁する弁護士の関わりを見させていただき、弁護士になりたいと改めて思いました。二つ目は、2010年のJAL不当解雇事件です。2011年に大学のサークル活動で、フェニックスビルにお邪魔して、本事件について学ばせていただきました。航空機の安全な運航と労働環境等の改善に尽くしてこられた方々を一方的・狙い撃ちに解雇する会社の姿勢に、やはり憤りを覚えました。

弁護士として、様々な困難に直面する方への支えになれるよう精進してまいりますので何卒よろしくお願いいたします。

映画『日本人の忘れもの』再上映に寄せて

2021.02.24

映画「日本人の忘れもの」に寄せて

    弁護士 安原幸彦

 中国残留孤児は、1945年の終戦時に、幼い身で中国・満州に置き去りにされ、40年を越える年月を中国で過ごさざるを得ませんでした。そして、中国にいるときは、「日本人」として日本国の戦争責任を背負わされ、やっとの思いで祖国日本に帰ると「中国人」と言われて同胞として扱ってもらえませんでした。そんな中でも、必死に働いてなんとか生き抜いてきましたが、今70代から80代、介護を要する時期を迎えて、日本語が不自由であることに由来する新たな困難に直面しています。

そんな残留孤児のドキュメンタリー映画「日本人の忘れもの」が2月26日から2週間、JR大森駅東口のキネカ大森で上映されます。また同じ時期にDVDも発売されます。70年以上に及ぶ残留孤児の苦闘と希望を捨てずに人生を切り開いてきた姿が見事に描かれています。是非多くの皆様にご覧いただきたいと思います。

私は、残留孤児を遺棄した国の責任を追求する国家賠償訴訟を担当しました。裁判では、終戦時自分たちだけで逃げ帰った軍隊の非情な実態、戦後残留邦人の中国からの帰国を忌み嫌った日本政府の姿勢、国交が回復し帰国が実現した後も自己責任を強調して支援策をとろうとしない政府の施策など、国が残留孤児を見捨て続けた生々しい実態が明らかになりました。その結果、残留孤児を支援すべきだという世論が高まり、2008年になって、ようやく残留孤児独自の新しい生活支援政策を確立することができました。

その過程で私自身、残留孤児の皆さんからたくさんのことを学びました。自助努力を怠らず、社会貢献を常に考える姿勢には本当に頭が下がります。「日本人の忘れもの」では、インタビューでその一端を紹介させていただきました。

 

 

他人事ではない日本学術会議会員就任拒否

2020.10.24

日本学術会議6名の会員就任拒否は、私にとって他人事ではない。
行政法学の岡田さんは大学時代からの友人。加えて刑事法学の松宮さん、憲法学小澤さん、私も含め多くの弁護士がたいへんお世話になっている。その皆さんの一大事である。
研究会の講師を務めてもらったが、なによりも私どもが担当する訴訟で、裁判所宛に意見書を作成してもらい、学者証人として法廷で証言してもらったこともある。大学教員は、研究や大学での授業のほか、学生や受験生の試験の作問・評点など多忙である。なかなか協力してもらえる学者は少ない。特に国立大学はだめ。私立大学教員か、国立大学を定年で退官したり私立に移籍しないとだめ。今回のことがあると、断られる理由が忙しいだけではないと理解できる。こういうことだったのか、と。
協力をお願いするのは、刑事裁判や行政裁判、国を相手にする裁判で、国を批判する意見書・証言を頼む。もちろん普段の研究のスタンスに沿ってやっていただく。やらせではない。そうした皆さんが就任を拒否された、政府に意見をする、批判をする、政府と異なる見解を披露する、だから菅政権に拒否されたと思わずにいられない。
またこの皆さんは、共謀罪や安保法制など、政府の施策に反対する運動をご一緒いただいた。政府に気にくわない立場の研究や取り組みをしていることが拒否の理由としか考えられない。
ところでこの共謀罪は多くの刑事法学者・憲法学者がこぞって反対の意見表明をした。安保法制は憲法学者・行政法学者が同様に反対の意見表明をした。特に憲法学者は、反対と賛成と、どっちが多いかマスコミでも話題にもなった。安倍政権で官房長官を務めた菅さんにしてみれば、煮え湯を飲まされた気分だったろう。彼は学者が嫌いになったんだろうな。
学術会議は、さまざまな問題で、政府に勧告や提言を行う。場合によっては政府の施策に注文を付ける場合もある。お目付役である。だからこそ、イエスマンであってはならない。内閣は学術会議の職務に口を挟んではいけないと法律が保証する必要がある。
学術会議の勧告や提言は、科学者の立場から、科学者の専門性に基づいて行われるのは当然。科学者の立場から、科学者の専門性に内閣が口を挟むのは能力を超えている。できるはずがない。だから、会員の資格である「優れた研究又は業績がある科学者」かどうかは学術会議が判断して、総理大臣に推薦する。総理大臣にその当否が判定できるわけがない。
会員の任命規定について、多くの声明・意見書が取り上げるが、任期途中でやめたいという会員をやめさせるには学術会議の同意が必要、問題行動のある会員をやめさせるのも学術会議の申出による必要があることは紹介されていない。ここまで身分保障にあつい役職も少ない。
菅さんは、学術会議の予算10億円をしばしば口にするが、「無駄」の象徴である、あのアベノマスクには466億円が用意された。学術会議の46年分である。10億円も会員一人の手当は年間21万円、月額2万円もない。1回の会議に出れば交通費でおしまいである。せめてアベノマスク程度の予算を付けてから何か言ってほしいな、菅さんよ。

弁護士 佐藤 誠一

誰のためのオリンピック?? ~オリンピック選手村住民訴訟~

2019.05.29

 東京オリンピックの観戦チケットの抽選申込販売が本日で締め切りですね。4年に1度の祭典であり、日本での開催は1998年の長野オリンピック以来22年ぶり、夏季オリンピックは1964年の東京オリンピック以来56年ぶりですから、大いに盛り上がることでしょう。
 他方で、JOC会長である竹田氏の贈賄疑惑が報道されたり、当初7000億円だった予算が会計検査院の調査では3兆円まで膨れ上がる可能性が指摘されたり、それなのに多くのスタッフをボランティアで集めようとしていたり、とお金の問題も数多く取沙汰されています。
 私の取り組んでいるオリンピック選手村住民訴訟も、オリンピックとカネをめぐる問題の一つです。5月16日にも裁判期日があり、一部メディアで取り上げていただきました。
この訴訟は、銀座にもほど近い晴海の東京都有地(約13.4㌶、東京ドーム3個分)が、選手村として使用するという口実のもと、1㎡当り10万円程(総額約129億円)で大手ディベロッパー11社に払い下げられたことが不当である、として訴えている訴訟です。
この土地にディベロッパー11社が選手村として使用するための建物を建て、オリンピック・パラリンピック期間中は東京都に貸し出して選手村として使用し、オリンピック・パラリンピック終了後は、マンションとして分譲したり賃貸したりするのです。最近、「HARUMI FLAG」としてホームページも設置され、説明会も行われているようです。
原告側が10月に裁判所に提出した不動産鑑定士による鑑定書では、土地価格は1㎡当り100万円(総額約1600億円)を超えています。つまり、9割以上も値引きしているのです。その理由として、東京都は、選手村として使用するために開発スケジュールが定められていることなどを理由にしています。しかし、いくら何でも安すぎではないでしょうか。
しかも、この土地は、全てを選手村として使うわけではありません。一部の土地は、タワーマンションを建設するための用地です。また、土地の引渡し前に東京都は約540億円をかけて基盤整備を行い、大会終了後は約450億円をかけて建物内装の解体工事を行います。さらに、所有権の移転時期は先に設定されておりディベロッパーはそれまで固定資産税を支払う必要もないですし、大会期間中はオリンピック組織委員会から家賃を支払われます(38億円)。ここまで至れり尽くせりなのに土地代金は9割引きです。
 このような安価での土地払い下げは、本来であれば都議会できちんと議論すべきです。しかし、この土地払下げについては、都市再開発法を使って、都議会での決議を省略しているのです。その上、東京都は、土地価格を決定した根拠である調査報告書(「鑑定書」でもないのです。)もほとんど黒塗りにして全面開示は拒んでいます。
 一体誰のためのオリンピックなのでしょうか。私たちはせめて都民の財産を不当に支出することは止めてほしい、という思いで訴訟に取り組んでいます。主体となっているのは、「晴海選手村土地投げ売りを正す会」の方々です。会員も募集していますので、気持ちよくオリンピックを開催するためにも、ぜひご支援ください。
弁護士 大住 広太

ハンセン病国家賠償訴訟

2019.05.29

1 「1番だけが知っている」
 4月29日にTBS系列「1番だけが知っている」というテレビ番組で、ハンセン病国家賠償訴訟が取り上げられました。弁護団の一員だった私も、ほんの脇役ですが出演したこともあって、多くの方から感想やご意見をいただきました。せっかくの機会でもありますので、ハンセン病国家賠償訴訟についてご紹介させていただきます。
2 ハンセン病とは
 ハンセン病はかつて「らい病」と言われていました。「らい菌」という細菌の感染によって末梢神経を冒される病気です。しかし、らい菌は,感染力も発症力も弱く、1943年には特効薬が開発され、容易に治る病気になりました。
3 ハンセン病隔離政策
 ハンセン病に関しては、1907年に「癩予防ニ関スル件」という法律が制定され、1953年には「らい予防法」と名称を変えました。そして、1996年3月に廃止されるまで、らい予防法に基づく患者隔離が国の政策として行われてきました。具体的には、国が地方自治体に指示して患者を捜し、見つけると強制的に隔離施設に収容し、終生そこに隔離するのです。
 その目的は、広く国民に伝染することを防止するためでもなく、患者を治療するためでもありません。ハンセン病患者の存在を国の恥として、患者を社会から見えないようにしてしまうことを目的としているのです。赤痢や結核の患者隔離とは全く異なります。
4 隔離された療養所ではこんなことが行われていた。
 療養所では、患者に対する様々な人権侵害がありました。今、旧優生保護法のもとでの強制不妊手術被害者の救済法が話題になっていますが、療養所では正に、患者に対する断種・堕胎が日常的に行われていました。また、患者に労働を強制し、そのため、多くの患者が病状を悪化させました。国民も患者狩りに動員され(無らい県運動)、社会の中にハンセン病に対する根強い差別と偏見が生まれました。
 つまり、ハンセン病隔離政策は、①患者に「有害・無益な人間」という烙印を押し、②家族を含めた厳しい偏見差別にさらして地域で孤立させ、③家族や社会との絆を奪い、④治療も放棄し、強制的に労働させ、人体実験の道具にする、など信じがたいような人権侵害が国の手で行われていたのです。
5 ハンセン病国家賠償訴訟
 (1) 訴訟の目的
 らい予防法は1996年に廃止され、それによってハンセン病隔離政策には終止符が打たれましたが、同時に、こうした人権侵害の実態も闇に葬られようとしていました。それを打ち破り、被害の回復や再発防止のための恒久的な政策の策定を実現することを目的として、1998年7月、ハンセン病隔離政策の責任を問う国家賠償訴訟が熊本地裁に提起されました。
 (2) 熊本地方裁判所の判決(2001年5月11日)
 判決は、原告全面勝訴・国完敗の内容でした。裁判所は以下のように判断しました。
①らい予防法に基づくハンセン病隔離政策は、遅くとも、1960年には憲法違反の人権侵害であった
②1965年までに「らい予防法」を廃止しなかった国会の怠慢は憲法違反であった
 (3) 控訴断念
 国はこの判決に控訴しませんでした。冒頭ご紹介した「1番だけが知っている」はその時の弁護団の取り組みを紹介した番組です。
 法律を憲法違反と断じた判決が1審で確定したという例はそれまでもありませんでしたし、その後もありません。そうした異例中の異例の事態に至ったのは、何と言っても被害者であるハンセン病元患者に、「何とかこの判決を守りたい。そのためには何でもやる。」という強い要求と決意があったからです。それを受けて、私たち弁護団もあらゆる取り組みをしました。当時の坂口厚生大臣を味方に引きこんだり、官邸前に毎日押しかけて飯島秘書官に迫ったり、一方で当時の小泉総理に直接のパイプを作ったりしました。そして、官邸筋もマスコミも「控訴必至」と流している中で、小泉総理の控訴断念の判断を引き出したのです。
6 その後の取り組み
 控訴断念後も、被害者と弁護団の被害救済・再発防止に向けた取組みは続いています。2016年には家族被害の補償を求める訴訟が提起され、6月28日に判決が言い渡されます。是非注目してください。これを契機に、皆さんにハンセン病問題への関心を深めていただければ幸いです。
弁護士 安原 幸彦

憲法こそたからもの!part2潜入レポート

2018.12.20

平成30年12月16日、気鋭の憲法学者青井未帆先生、SEALDsの中心的メンバーであった諏訪原健さん、「憲法君」のネタで有名な風刺芸人の松元ヒロ氏が、城南の地に結集しました。五反田法律事務所、東京南部法律事務所、城南保健生活協同組合、東京南部生活協同組合、東京民主医療機関連合会西南ブロックの5団体が主催の、憲法こそたからものpart2が開催されたのです。

わたくし菊地がこの豪華なイベントに潜入してきましたので、みなさまにこっそりご報告致します。

 

青井先生のお話で最初に印象的だったのは、誰に何を語りかけるかということです。

青井先生によれば、選挙の際の選挙民の関心事について統計を取ると、選挙民が強い関心を持っているのは経済や景気、福祉の問題で、憲法の問題への関心は最下位となるそうです。

そうであれば、憲法を守る勢力を選挙で当選させるためには、敢えて憲法のことには触れず、経済や景気、福祉の対策を語ってもらうことも必要になるのかもしれません。

また、若年層になるほど安倍政権を支持し、特に女性より男性の方が安倍政権を支持する比率が高いそうです。

どうやら私たち護憲派は、まだまだ若者の心に触れることができていないようです。どうしたら私たち護憲派の言葉が若者の心に届くのか、よくよく考えなければならないようですね(なお、某法律事務所の菊地とかいう弁護士が若者の現状と若年層へのリーチの手法について盛んに研究しているそうなので、講師に呼んでみるとそのへんよくわかるかもしれません)。

次に、9条の問題では、自衛隊を憲法に書き込むことの意味というお話が強く印象に残りました。

青井先生によれば、現在憲法に明記されている国の機関は5つしかありません。即ち、参議院、衆議院、内閣、最高裁判所、そして会計検査院です。会計検査員以外は、立法・行政・司法の三権を統率する機関です。会計検査院は行政の機関ですが、会計検査院法第1条で「内閣に対し独立の地位を有する。」と書かれており、独自の地位を有するため、特に憲法に記載されているそうです。

このように、基本的に三権を統率する機関しか書かれていない憲法に自衛隊を記載するとどうなるか。自衛隊が三権と並ぶような独自の地位を得たという解釈がなされ、自衛隊に行政の枠組みを超えるような特権が与えられることになるのではないか。これが、青井先生の問題意識です。

ただでさえ完結性・自律性が高く独自の指揮系統で動ける武装集団です。ただでさえ防衛予算は年々拡大されています。そのような状況で自衛隊に三権と並ぶような独自の地位が与えられたと解釈がなされれば、自衛隊は三権による統治の外に君臨する「もう一つの国家」なってしまうというのです。

「自衛隊を憲法に明記しても何の影響も出ない」なんて大ウソ、真実っておそろしいですね。

 

諏訪原健さんのお話で最も印象に残ったのは、選挙で勝たなければ安倍政権を倒すことはできない、という言葉です。

諏訪原さんはいうまでもなく、路上の運動をリードしラップ調のコールアンドレスポンスという新しいコールを作り出したSEAIDsの中心メンバーであり、いわば「ストリートのカリスマ」です。そんな諏訪原さんの口から、街頭での市民運動よりも選挙で勝つことが大事だ、という趣旨の言葉が出たので、びっくりしてしまいました。

しかし、お話をよくよく聞いてみると、深く納得しました。

すなわち、安倍政権は国民の声に真摯に耳を傾けず、街頭の声を無視する。それどころか、街頭に立つ市民の声をあざ笑うように、沖縄の海に赤土を流し込む。そんな安倍政権を倒すには、選挙で勝つしかない、ということでした。

誰よりも多く街頭に立って誰よりも大きく声を上げてきた諏訪原さんだからこその、冬は凍え夏は汗まみれになって見いだした、最前線の現場からのご見識というべきでしょう。そうであれば私たち護憲派も、やみくもに街頭で運動をするのではなく、選挙に勝つための戦略を持って勝てる闘いを展開しなければなりません。

諏訪原さんのさりげない一言は、護憲派にとって重要な課題を投げかけたものだと、私は解釈しました。

みなさんは、どう感じましたか?

 

最後に、松元ヒロさんの舞台について。

突飛なことを申し上げますが、どうかお許しください。

舞台には、舞台の神様がいます。

厳しい訓練に耐えた特別な人だけが、舞台の神様に微笑みかけてもらうことができます。そして、舞台の神様に微笑みかけられ祝福された人だけが、スポットライトの下で、全然別の存在になることができます。「演ずる」というのはそういうことです。私も昔、緞帳の陰を横切る舞台の神様のドレスの裾を一瞬だけ目にしたことがあるので、そのことを知っています。

ヒロさんのネタ「憲法くん」を演じているとき、ヒロさんはヒロさんではありません。私たちが目にしているのは、ヒロさんではなく、「憲法くん」その人なのです。

日本で生まれ、アメリカの血が少しだけ入っていて、戦後70年間、日本を見守ってきてくれた「憲法くん」。悲しい事件も沢山あったけど、一生懸命未来というものを信じて生きてきた、この国の戦後史に寄り添ってきた「憲法くん」。「最近、みっともないだとか変えるべきだって言われちゃうんですよ」と寂しそうに呟いているのは、ヒロさんではなく、性は日本国、名前は憲法、の憲法くんなのです。

八王子や山口のお話で笑った後、最後の10分間、「憲法くん」を見ている間中、私は涙が止まりませんでした。憲法くん、戦後日本をずっと見守ってきてくれてありがとう。きみからもらった沢山の幸福に、すごく感謝しているよ。きみのことを守るために、精一杯動いてみるよ。そんな気持ちでした。

いささか情緒的な文章でごめんなさい。

しかし、ヒロさんの舞台から私たちは、理屈だけではなく人の気持ちに働きかければ思いが伝わる、そういうことを学ぶことが出来たのではないでしょうか。

 

以上、潜入レポートでした。

自分の事務所で企画しておいて「潜入」も何もないだろ、というツッコミは受け付けません。

みなさま、今後とも南部事務所をよろしくお願い申しあげます。

弁護士 菊地 智史

 

65歳定年制及び定年後再雇用規程を有する大学で定年後の再雇用拒否を無効とする判決獲得

2017.06.19

当事務所の黒澤有紀子弁護士と安原幸彦弁護士が担当した事件で勝訴判決を獲得しました。判決は、判例時報2328号129頁、労働判例1152号13頁に掲載されています。

1 事案の概要

被告である尚美学園は、その専任教員の定年を就業規則上、満65歳としていました。そのうえで、定年退職した専任教員を特別専任教員として雇用する旨の規程及び長年の例外なき再雇用の前例もありました。特別専任教員の契約期間は1年間であり、契約更新は70歳を限度とされています。原告である労働者は、専任教員として採用されましたが、採用の申込みを行う前に、被告から、65歳を超えると70歳まで総報酬が従前の7割になるものの、職務内容等の労働条件は変わらず、70歳まで雇用保障がされているとの説明を受けました。原告は、この説明内容にメリットを感じ、それが確実に履行されるものと信じて、被告に転職することを決意し、前職に退職願を提出しました。

しかし、被告は、原告が65歳で定年となった後、採用前の説明及び原告の希望にもかかわらず、所属する学部で初めてのケースとして、特別専任教員として再雇用することを拒否しました。原告は、特別専任教員としての労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるなどして、東京地方裁判所に訴えました。なお、原告は、労働組合の副執行委員長です。再雇用拒否に当たり、労働組合への協議はありませんでした。

2 事件で問題となった点

この事件は、65歳定年制を採用する使用者において、定年後再雇用制度を定め、採用前に再雇用する旨の説明が行われ、かつ、就業規則の運用として従前は希望した全員が例外なく再雇用されていた場合、定年退職した労働者に再雇用後の地位が認められるかが争われました。この事件で難しいのは、定年によって一旦退職しているとされることです。つまり、再雇用は、形式的に見ると新たな雇用であり、使用者の裁量権の範囲内と位置づけられかねません。定年後再雇用の事案においては、有名な津田電気計器事件(最判平成24年11月29日労判1064号13頁)がありますが、これは60歳定年の事件であり、高年法9条1項2号所定の継続雇用制度を導入した事案だったことが大きな特徴でした。今回の事件は、65歳定年制を採用している使用者(大学)における再雇用ということで高年法は適用外の事件です。そういった場合に、労働者(教員)に再雇用後の地位を確認できるのかが争われた事件でした。

3 65歳定年制で再雇用拒否を無効とする画期的判決

東京地裁は、以上の争点について、以下のように判示しました。

「労働者において、定年時、定年後も再雇用契約を新たに締結することで雇用が継続されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる場合、使用者において再雇用基準を満たしていないものとして再雇用をすることなく定年により労働者の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情がない限り、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、この場合、使用者と労働者との間に、定年後も就業規則等に定めのある再雇用規程に基づき再雇用されたものと同様の雇用関係が存続してきるものとみるのが相当である(労契法19条2号類推適用、最高裁平成23年(受)第1107号同24年11月29日第1小法廷判決・裁判集民事242号51頁参照)。」本件事実関係の下においては、「定年時、本件再雇用契約を締結し、70歳まで雇用が継続すると期待することが合理的である。」「確かに、本件は、高年齢者雇用安定法の適用のない事案ではあるが、労働者に雇用継続への合理的期待が生じた場合、その期待を法的に保護し、期間満了による契約の終了に制約を課すという労契法19条2号の趣旨は、本件のような定年後再雇用においても妥当するといえる。ただし、定年後再雇用の場合、直近の有期労働契約が存在しないため、従前と同一の労働条件で労働契約が更新されると擬制することができない。したがって、同条を類推適用し、本件規程が定める再雇用制度に基づく労働契約上の地位にあるものとみなすのが相当である」。

東京地裁は、原告の主張を認め、労働契約法19条2号の類推適用という新たな法律構成を採り、原告の特別専任教員としての地位を認めたのです。65歳定年制を前提とする再雇用事案において、再雇用後の地位を認めた判決であり、高齢者雇用について非常に重要な判決と言えます。