固定残業代の有効性が否定され、長時間労働について使用者の安全配慮義務違反が認められた判決

固定残業代の有効性が否定され、長時間労働について使用者の安全配慮義務違反が認められた判決(東京地裁平成28年5月30日判決判例タイムス1430号201頁)

東京地裁にて固定残業代と安全配慮義務違反の判断について重要な判決を獲得しましたので、ご紹介します(判例タイムス1430号に掲載されています。)。

1 36協定のない事業場で固定残業代の有効性を否定
昨今、固定残業代が問題となっています。固定残業代とは、時間外労働や深夜労働・休日労働の割増賃金の支払いに代えて、一定額の手当を支払ったり、基本給に割増賃金を組み込んで支給するものです。これが残業代の支払いとして認められれば、残業代計算の基礎賃金の計算から固定残業代が除かれ、また固定残業代分の残業代支払いが認められてしまうことになります(固定残業代については、拙文「固定残業代をめぐる幾つかの問題点」POSSE26号所収を読んで見てください。)。また、割増賃金の支払いが別途認められないことにより長時間労働の抑制が効かず、長時間労働を強いられる傾向にもあります。
この固定残業代の有効性については、裁判例(*)が積み重なってきているところですが、私の担当した事件では、36協定が締結されていなかったことが問題となりました。この点について、裁判所は「本件で36協定が存在しない以上、少なくとも本件契約のうち1日8時間以上の労働時間を定めた契約部分は無効であるところ、いわゆる固定残業代の定めは、契約上、時間外労働させることができることを前提とする定めであるから、当該前提を欠くときは、その効力は認められないはずである」として、固定残業代の有効性を否定しました。36協定が締結されていないと、そもそも固定残業代は有効ではない、と判断したのです。36協定とは、使用者が労働者を法定時間外労働させるために締結しなければいけないものです。その協定がない以上、時間外労働を前提とする固定残業代の合意は認められない、という判断です。36協定を締結しないまま長時間労働を強いている事業場は未だ多くあり、固定残業代の有効性を否定することによって、一定の歯止めをかけたと言えます。

*固定残業代の有効性について、裁判例は、①「割増賃金」にあたる部分と「通常の労働時間の賃金」にあたる部分が明確に区分されていること、②割増賃金の対価という趣旨で支払われていること、②固定残業代超過分の清算合意があるか、清算の実態があること、という3つの要件を求める傾向にあります。

2 病気にならなくても長時間労働による慰謝料を認める
この事件は、毎月80時間以上を超える残業が裁判所で認定されました。月80時間越えの時間外労働はいわゆる過労死基準を超えるもので危険です。原告は、この点について安全配慮義務違反に基づいて慰謝料を請求しました。ただ、原告は長時間労働を強いられたものの、病気にはなっておらず、この点で損害が認められるのかが問題となりました。
裁判所は、「会社は、36協定を締結することもなく、原告を時間外労働に従事させた上、…会社においてタイムカードの打刻時刻から窺われる原告の労働状況について注意を払い、事実関係を調査し、改善指導を行うなどの措置を講じたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、会社には安全配慮義務違反の事実が認められる。…結果的に原告が具体的な疾患を発症するに至らなったとしても、会社は安全配慮義務を怠り、1年余にわたり、原告を心身の不調をきたす危険があるような長時間労働に従事させたのであるから、原告には慰謝料相当額の損害が認められるべきである」。と判断しました。精神疾患等の症状が認定されない場合でも慰謝料を認めたのです。これまで長時間労働を強いられながらも、病気に罹患していない限り、損害賠償請求は認められない傾向になりましたが、この判決はこの点でも画期的なものであり、是非参照してもらいたいと思います。

弁護士 竹村和也