裁判記録の保存の必要性と最高裁の記録廃棄の問題

弁護士 塚原 英治

 2022年10月に神戸連続児童殺傷事件の記録が廃棄されていることが報道されて以来、裁判記録の保存について国民の関心が深まり、私も専門家として多くの取材に対応してきました。11月14日にNHKラジオでお話ししたことは下記で読めます。多少重複しますが簡単にポイントをご説明しましょう。

https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/nradi/CjxlmJkjbR.html?fbclid=IwAR0vQ9gwn8NYdlP5-livSXi_QEf1g4_ji6qnyDEOXGhcW-uukJnDQvFYLYo

 

記録は捨てるのが基本

日本の裁判所は、記録は保管期限が過ぎたら捨てるのが基本です(最高裁規則である「事件記録等保存規程」8条)。刑事裁判の記録だけは、刑事確定訴訟記録法によって裁判確定後は検察庁で保管・保存することになっていますが、保管期間経過後に原則捨てるという基本は同じです。

事件記録等保存規程では、「資料又は参考資料となるべきものは保存期間満了の後も保存しなければならない」と定めています(9条2項)。これを「特別保存」と呼んでいます。この規定については基準となる通達も1992年に出されているのですが、裁判所の中では極めて狭く解釈されてきました。

民事事件の判決や和解調書などを除く裁判記録の保管期間は1999年までは10年、2000年からは5年ですが、東京地裁の戦後の民事行政事件で、2019年2月時点で、この期間を超えて「特別保存」されていたのはわずか5件しかありませんでした(他に明治時代の記録が3件、戦時中の記録が3件保存されていました)。これが判明したときはほんとうに驚きました。重要な事件が争われることの多い東京地裁における戦後の何十万件という民事訴訟・行政訴訟の中でたった5件です。そのうちの1件は、私たちが前年に保存を申し入れていたものです。その余は皆捨てられていたのです。東京地裁はこれが報道されてからあわてて、それまで特別保存の指定をせずに事実上保管していた214件の記録を特別保存することにしました。

 

判決も捨てられようとしていた

民事・行政事件については、判決だけは別にして、50年間保管し、保管期間経過後は国立公文書館に移管することになっています。

これについても、最高裁は1992年に明治以来永久保存として大事に保存されてきた判決原本を、保管場所がないことを理由として50年保存に改正し、これを経過したもの、すなわち戦前の判決は全て廃棄しようとしました。これに驚いた全国の国立大学の(法学部の)先生たちが努力されて廃棄を阻止し法律を作って保存したのです。しかし、最高裁の、記録は場所ふさぎなので原則捨てるのだという姿勢には変化がなかったのです。スペースがなくなれば確保すればよいのですが、最高裁は、記録保存のために必要だと予算を取ろうとしてきませんでした。刑事事件の判決は、検察庁により保存期間経過後は廃棄されています。

 

憲法訴訟の裁判記録もほとんど捨てられている

憲法に関する重要判例を解説する学生向けの教材「憲法判例百選」の第6版(2013年)に掲載された戦後の憲法訴訟は、民事・行政裁判で134件ありますが、そのうち9割近くの117件の記録が廃棄されていることが、共同通信の記者の調査で2019年8月に分かりました。一審で自衛隊が憲法違反であるという判決が出された長沼ナイキ基地訴訟の記録も廃棄されていたのです。

 

裁判記録を保存する必要性

刑事事件では、冤罪であることを証明するためにも、裁判記録を残しておくことは重要です。「横浜事件」は戦後責任追及を恐れた裁判所によって焼却処分されたため、第一次再審請求は1988年に判決も記録もないとの理由で棄却されたことがあります。また訴訟記録は「歴史の証人」としても重要です。1884年に埼玉県を中心に農民が蜂起した「秩父事件」では4000人を超える参加者の刑事裁判記録が、埼玉・群馬・長野の地検に残されていたため。研究者が閲覧して多大の苦労をして整理出版したことにより「自由民権運動」の代表的な事件の全貌が明らかになっています。オウム事件でも荒唐無稽の冤罪説などが主張されることがあり、歴史の偽造を防ぐためにも、裁判記録が残っていることは重要です。

民事事件でも日本長期信用銀行や日本債券信用銀行の不良貸付事件などバブルの多くの著名経済事件の記録が民事・刑事とも廃棄されたことが分かっています。バブルの再発を防ぐために当時何が問題だったかを調べるのに、民刑事の事件記録は重要な手かがりになり得たのですが、その機会が失われました。

 

何故、裁判所や検察庁は「保管期限が過ぎた記録は捨てる」ことが基本なのか

記録を捨てるのは予算がなく保管するスペースがないからです。それを変えないのは、裁判所は、「記録の保存は一般国民に関係なく、重要事項ではない」と考えていたからです。また、検察庁は自分たちに必要な記録は残し、自分たちに不要なものは捨てればよいと考えているからです。記録の重要性を理解していないのは裁判所に限りませんが、裁判記録を保存していても、それを利用する人がほとんどいないため、廃棄しても誰も困らないと考えていることもあります。日本の法律学では事件記録まで含めて調査分析をする人がほとんどいませんし、ジャーナリストも訴訟記録を閲覧して調査報道をする人がほとんどいないのが現状です。ごく一部の法制史研究者と歴史家が着目していたに過ぎません。少年事件の「裁判」にあたる審判手続は非公開で、判決にあたる審判書も公表されません。少年事件の記録は原則非公開であり、このことが事件記録廃棄の判断に影響しています。

 

裁判記録保存について、どういった対応が必要なのか

重要な裁判記録はできる限り保存することが大前提です。そのために国立公文書館への移管や裁判所でスペースを確保するなどの予算措置が必要です。裁判記録は各国とも公文書の中核をなしています。2009年に制定された公文書管理法が、公文書が、「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであること」を確認していることを忘れるべきではありません。

私が共同代表をしている司法情報公開研究会は、2023年1月13日に最高裁に対し少年事件記録等の保存に関し4点の請願を行いました。記録保存の重要性の規程への明記、文書管理の専門家アーキビストを置くこと、国立公文書館への移管の促進、記録保存について第三者の意見を聞くことです。

最高裁は国民の批判に対応して2022年10月に有識者委員会を設置して調査・検討を行い5月25日に報告書を公表しました。資料とも最高裁のホームページで閲覧できます。

https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/kiroku_hozon_haiki/index.html

これまでの対応を反省し、原則全部廃棄の方針を修正する方向と技術的な改善点が示されました。予算を要する点への踏み込みが欠けているので世論の後押しで予算も確保させ記録保存を前進させなければなりません。