ロシアのウクライナ侵略と憲法9条

ロシアのウクライナ侵略と憲法9条

                             弁護士 海部 幸造

 

1、ロシアのウクライナ侵略
(1) ロシアのウクライナ侵略が、今このときにも続いています。
ロシアは、子ども達が避難する建物、病院なども砲撃、空爆し、国際司法裁判所の侵攻を即時停止しろという命令(仮保全措置)をも無視し軍事攻撃を続けています。そして、ロシア軍が撤退した後のウクライナ北部では、数多くの市民の遺体が発見され、女性への暴力行為、略奪、破壊が明らかになりつつあり、東部のマリウポリの状況も現時点で厳しく、同市当局の推計では、死者は民間人を含め2万人を超えるとのことです。ウクライナから国外への避難民は500万人といわれています。
本当に許し難い、国連憲章、国際法違反の明白な侵略行為であり、1日でも一瞬でも早く終わらせたいと思います。
(2)改憲派は、ここぞとばかりに「敵基地攻撃能力」「核の共有の検討」「軍事費GN P2%」そして「9条改憲」と声を張り上げ、維新などもその声に追随しあおっています。
しかし、私は、こうした意見は、極めて短絡的、感情的な議論だと考えています。
(3)「弁護士9条の会・おおた」では、去る4月6日に「台湾情勢・ウクライナ問題をどう考えるか ~憲法9条の現実的有効性~」と題して防衛ジャーナリストの半田滋さんにご講演を頂きました。この講演会は、設定をした段階では台湾の問題だけをテーマにしていたのですが、その後ロシアのウクライナ侵略が勃発し、急遽ウクライナ問題もテーマに加えてお話を頂きました。
半田さんは、ロシアのウクライナ侵略の背景、侵略に至る経緯、状況や、台湾を巡る日本、中国、アメリカの状況等々を整理して、ジャーナリストらしく、事実に基づいた、大変わかりやすくお話し頂き、私もとても勉強になりました。
以下は、このときの半田さんのお話を踏まえ、その他、いろいろな方達の論稿を読んでみて、基本的な点のいくつかについて、現段階で私なりに思っていることを、自分自身の整理の為にも簡単にまとめてみたものです。

2、改めて思うこと・・なんとしても戦争を回避すること
今回のことで思うのは、一つは、戦争がいかに悲惨なものであるか、そして、ひとたび戦争になってしまうと、国や権力者の面子、国内状況、権力者の自分の権力維持への固執、その他様々な思惑等々も絡んで、戦争を止めることは本当に難しいということです。
そしてもう一つは、だからこそ、何よりも重要なことは、なんとしても戦争といった状態に至ることのないように事前のあらゆる外交努力を尽くし、安全保障体制を構築することが大切だ、ということです。そのことを、改めて強く思いました。

3、日本国憲法の平和主義
改憲派の人々は「9条があれば平和が守れるのか」等と言います。しかし、日本国憲法の平和主義の意味はそんな単純で抽象的なものではありません。
日本国憲法の前文や9条の意味は、非軍事、外交に徹した安全保障体制を構築する努力を積み重ねていくということ。そうした安全保障体制を構築する上で前文と9条とが大きな指針となると同時に、日本がそうした大原則を掲げているということが相手国にとっても大きな安心材料となる、ということです。意見、体制の異なる相手でも、敵として排斥するのではなく、対話を重視し、そのためのパイプ、関係の構築に努める、ということです。

4、軍事的抑止力論
改憲派の人々は、軍備を拡張することで相手の武力行使を抑止できる、と主張するわけです。しかし、こちらが軍備を増強すれば、相手は更にこちらの軍備に負けないように軍備を増強する。それに対してこちらは更に軍拡をと、互いに軍拡を競り合い、緊張はますます高まっていくことになります。現に歴史的に見ても、そして現状も、そうした事態になっています。また、一方が軍事的威嚇を振りかざせば、相手は「そんなことで脅されはしないぞ」、「退かないぞ」、と威嚇を返し、互いに「いつかは相手が引き下がるだろう」と互いの威嚇がエスカレートしていきます。そうして、軍事的緊張はますます高まります。軍拡の悪循環(安全保障のジレンマ)は結果として国民の安全のリスクをますます拡大します。もしもそうした軍事緊張の中で偶発的にもせよ戦端が開かれ、武力衝突が起きるようなことになったら、国民の命、生活、安全はどうなるのでしょうか。
そうした事態、危険性を軍事的抑止論を振りかざす人々はどこまで考えているのでしょうか。私には、ただ「軍備を増強すれば、相手はリスクを考えて攻めてこないだろう」と、極めて楽観的にしか考えていないように思えます。

5、プーチン大統領の懸念
今回の、ロシアのウクライナへの侵略は、NATOの東方拡大を懸念したことが最大の理由といわれています。すなわち、ソ連の崩壊後ワルシャワ条約機構が解散したのに対して、NATOは存続するだけでなく拡大し、ソ連当時の同盟国やソ連の一部だったバルト3国などもNATOに加盟したこと(結果ソ連当時加盟国は16カ国であったものが現在30カ国)、更にウクライナやジョージアも加盟しようとしているということが、プーチン大統領の大きな懸念であり、それをなんとしても阻止したいということが今回の侵略の基本的な動機だとされています。そして、ウクライナとジョージアのNATO加盟を2008年4月に行われたNATO首脳会談で突然提案したのはアメリカであり、ドイツ、とフランスが「ロシアを刺激する」として反対したにもかかわらず、結局「将来のウクライナ、ジョージアの加盟を支持する」という形で決着し、今日の火種となったのです。
ロシアにしてみれば、旧ソ連当時その一部であった国までが自国と対立する西側の軍事同盟に加入し、そこに自国に向けた西側のミサイルが配備されるようなことになれば自国の安全は危機に瀕する、と懸念(恐怖)したのです。

6、外交による戦争防止の可能性
もちろん、一つの国がどのような軍事同盟に加入するのかはその国の判断の問題ですから、自国の意思を押しつけるために相手の国に攻め込むなどといったことは、到底許されることではありません。上記のような懸念があったとしてもロシアの侵略が合理化されることはいささかもありません。
しかし他方、ロシアのこうした懸念を考慮すれば、ウクライナ側からも、「ウクライナはNATOには加盟せず、中立的立場をとり、同時にロシアや西側諸国がウクライナの安全を保障する体制を作る」といった妥協策はあり得たし、現に戦争が始まった後に、停戦協議でそうした内容がウクライナからも提案された旨の報道がありました。
私が思うのは、そういった内容であれば、戦争が始まる前の段階で十分に検討、協議が出来たのではないか、そうした協議が出来たのであれば、この悲惨な戦争を回避することが出来たのではないか、という事です。
もちろんそれは今になって言うように簡単なことではないのでしょうし、問題は東部2州やクリミアの問題等もありますからなおさらです。しかし、そうした解決の道筋があり得たにもかかわらず、この悲惨な戦争に突入してしまったということは「外交の失敗」という事なのではないかという思いが拭えません。
また、今回のロシアのウクライナ侵略で、これまで中立の立場であったフィンランドとスウェーデンがNATOに加盟することを検討する旨が伝わり、これに対してロシアはフィンランドとの国境に核部隊を配備すると威嚇をしています。もちろんロシアのそのような威嚇政策(ましてや核兵器による)は強く非難されるべきです。しかし状況は、ますます緊張がエスカレートし、欧州の戦争、さらには第三次世界戦争の可能性すら否定できなくなりつつあります。私は、NATOの拡大は避けるべきなのではないかと考えています。

7、外交、徹底した対話と緊張緩和を
ですから、私は、戦争といった状態に至ることのないようにするためには、軍拡を争うのではなく、武力による威嚇で相手を従わせようとするのではなく、徹底して軍事衝突を回避し、緊張を緩和する方向へ、粘り強く対話を継続することこそが何よりも必要だと考えています。
しかし、今、改憲派や岸田政権がやろうとしていること、はそれとは真逆の、短絡的な反応で緊張を高める方向での施策でしかありません。

8、中国について
中国について言えば、同国の南シナ海、東シナ海や台湾などでの覇権的行動は大きな問題です。強い怒りを覚えます。
しかし、これに対して短絡的に軍事力の増強で対応しようとするのは間違だと思います。それは、互いの軍拡の連鎖の中で緊張を高めるだけであり、現にそうなっています。
特に今、アメリカの対中政策の転換に従って、日本政府は、安保法制の下、奄美大島、沖縄本島、宮古島、石垣島と、ずらりと、中国に向けて、ミサイル基地を作り、横須賀、岩国、佐世保と、日本全体がアメリカの対中戦略体制の最前線基地にされようとしていています。
この状況でひとたび台湾を巡って米中の衝突が起きたならば、それが日本に直接関わりが無くても、安部氏や麻生氏によれば「台湾有事は日本有事」だということですから、日本がアメリカの戦争に巻き込まれる危険がますます現実のものとなってきています。中国との武力衝突の危険性の最大のものは、この点にこそあると考えています。

9、ロシアが北海道に攻めてくる?
ロシアが北海道に攻めてくる、それに備える必要がある、などと言った言説もありますが、全く違うと思います。
先に述べたように、ロシアがウクライナに侵略したのは、西側の軍事同盟であるNATOにウクライナが加盟しようとし、西側がその可能性を否定しない状況にプーチン大統領が恐れを抱いたからです。そのことと比較して考えても、北方4島を既に実効支配しているロシアが、何の為に北海道に攻め込む必要があるというのでしょうか。更に言えば、ロシアは、今回のウクライナ侵攻の理由として「ウクライナにおけるロシア系住民の保護」も上げていますが、北海道においてそのような主張の根拠となり得る現状は全くありません。

10、「敵基地攻撃力」「核の共有」
現在の不安定な安全保障状況の中で、一定程度の軍事力があった方が安心という考えもありますし、私もそうした思いはわかります(いろいろと意見はあるでしょうが)。
しかし、私は、もしそう考えたとしても必要となるのは、攻められた場合に防御する、本当の意味での「専守防衛」の軍事力だと考えています。
「専守防衛」とは、「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう。」(令和三年版「防衛白書」)とされています。
敵基地攻撃力や、核兵器の共有などがこの「専守防衛」を大きく逸脱するものであることは明らかですし、現状でこうしたものが必要とされる合理的理由はなにもありません。そのようなものは、中国や北朝鮮との軍事的緊張を高めるだけであり、有害無益だと思います。

11、「アベ改憲」が何を狙っていること
改憲派の人々は、「アベ改憲」について、「9条に自衛隊を書き込むだけ」「自衛隊はこれまでと何も変わらない」などと主張してきました。しかし、「アベ改憲」の提唱者である安倍元首相がこの間声高に叫んでいる内容を見れば、この改憲案が何を狙っているのかは明らかだと思います。
安倍さんは、この間「敵基地攻撃」「敵国の中枢を破壊する能力」「核の共有」といったことを強く主張しています。「アベ改憲」はこうした「核の共有」までをも可能とするものとして構想されていることが提唱者自身のこの間の言説によって明らかなったと思います。
「アベ改憲」は、「自衛隊はこれまでと何も変わらない」どころか、これまで曲がりなりにも建前上「専守防衛」をその制約として認めざるを得なかった自衛隊を、その制約そのものをおおっぴらに外して、海外に出て行って他国を核で攻撃することまでも可能な「軍隊」へと大きく変質させる改憲だということだと考えています。

12、憲法9条
憲法9条があったからこそ、戦後日本は、これまで、ベトナム戦争でも、湾岸戦争でも、アフガン戦争でも、イラク戦争でも、自衛隊を直接、戦闘現場に出すことなく、直接の戦闘行為に巻き込まれずに済んできました。
これに対して昨年の総選挙以来盛んに言われるようになってきた、「敵基地攻撃能力」、「憲法改正」等は、軍拡競争を拡大し、緊張を高め、日本が戦場になる危険を高めるだけであると思います。
平和憲法の精神に基づいて、軍事に依らず、緊張緩和を図り、徹底的な話し合いに基づくに総合的な安全保障の体制を追求すべきですし、憲法9条を持つ日本の独自性を生かした外交努力を行う、そうした政策への転換が求められていると考えています。