新自由主義改革がもたらす希望のない社会 | |
格差と貧困の克服を | |
弁護士 山口 泉 | |
「貧困」、「格差」・今日、これらの言葉が語られない日はありません。現代社会は格差と貧困という深刻な症候に覆われています。格差と貧困の症候は、所得、雇用、資産、住宅、教育、そして健康などあらゆる側面に現れ、深刻な症候群ともいうべき状態を形成しています。そしてその症候は年々、日々悪化し続け深刻化を増し、格差社会、ワーキングプア、下層社会、ネットカフェ難民などの用語が日々生み出されていくなどその現状は極めて憂慮すべき事態となっています。 格差と貧困を生み出しているものは 資本主義社会においては、形式上、自由と平等が建前とされていますが、実質上は、持てる者の自由と持たざる者の不自由が生み出されています。 第二次大戦後のいわゆる先進諸国はいわゆる自由主義(リベラリズム)に基づく政策が主流で、個人の自由で独立した選択を実質的に保障し、極度の貧富の差による弊害を防ぐためには政府や地域社会による積極的な介入も必要であるという考えに基づき(市場の自由を重視する自由放任主義=古典的な自由主義に内在する欠陥が世界恐慌などの弊害をもたらした)、年金、医療等の社会保障の拡充、公共事業による景気の調整、主要産業の国有化など国家が積極的に介入し個人の実質的自由を保障すべきとの政策をとり、福祉国家と呼ばれる路線と政策を行ってきていました。 これに対して、八〇年代以降に英国や、米国などに登場した新自由主義(英語ではネオリベラリズム)は、国家による福祉、公共サービスを縮小させ、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視をいうもので、福祉国家を敵対視するものです。 日本においては、とりわけ九〇年代後半以降、小泉政権の構造改革に代表される新自由主義的施策が極度に進み、企業の国際競争力強化のためなどとして市場原理万能の規制緩和を行い、弱肉強食型の結果を惹起し、弱者を見捨てる政策が断行されてきました。 この新自由主義改革に基づく政策、施策は、構造改革、規制緩和と称して行われてきており、あたかも国民、消費者の利益になり、国民生活を向上させるかのように語られていますが、実はこれらの自由主義改革が格差と貧困という矛盾を生み出す根源となっているのです。新自由主義改革と呼ばれる政策と施策がどのように格差と貧困を生み出しているのか、さしあたり格差と貧困がまず現れる雇用と所得について概観してみることにします。 |
|
不安定雇用の増加 雇用において不安定雇用が劇的に増加していることはいたるところで指摘されています。その実情は、二〇〇六年(一〇から一二月期)において、役員を除く雇用者数五一三二万人の内、正規雇用者三四四三万人(六七・一%)に対し、非正規雇用者は一六九一万人(三三・〇%)と三割を超える雇用者が非正規雇用となっており、非正規雇用者の内訳は、パート・アルバイト一一一七万人(二一・八%) 契約・嘱託等四三一万人(八・四%)、派遣一四三万人(二・八%)となっています。おおよそ二〇年前の一九八五年でみると、非正規雇用者六五五万人(一六・四%)、パート等で四九九万人(一二・五%)であるのに対比すると、非正規雇用者は人数で約二・六倍、構成比で約二倍と非常に大きく増加しており、同時に正規雇用者は大きく減少をしていることが顕著です。ここからは、この間に労働者派遣や有期雇用契約に関する規制の撤廃や緩和により、契約社員、派遣等の雇用形態が激増し、パートタイムだけでなくフルタイム型の非正規雇用が増大してきていることが分かります。 |
|
給与も大きく減少 不安定雇用が増加すると同時に給与水準も近年低下し続けています。 国税庁の民間給与実態統計調査(左図)によれば、二〇〇六年(H18)の平均給与額は四三五万円で、前年に比べて二万円、〇・四%の減少であり、平均給与は一九九八年(H10)から九年連続で減少しています(一九九七年(H9)は四六七万円)。給与階級別の分布をみると、年収二〇〇万円以下が二〇〇二年では、八五三万人(構成比で一九・一%)であるのに対して、二〇〇六年では一〇二三万人(構成比で二二・八%)と一七〇万人(三・七パーセント増)の増加となっています。 |
作られた雇用格差 このような不安定雇用の増加、給与の低下は自然発生的に生じたものではありません。財界と政府が一体となって作り出してきたのです。 一九九五年に日経連(当時)は、「新時代の『日本的経営』」を発表し、そこで、労働者を@長期蓄積能力活用型、A高度専門能力活用型、B雇用柔軟型の三種に分類し、少数精鋭の正社員、流動化された専門職、そして安価な労働力としての非正規雇用の大量活用という方針を打ち出しました。これは企業利益の極大化のために総人件費を圧縮するという財界戦略に基づくものであり、そして、当時の橋本内閣以降歴代政府は労働市場における規制緩和政策を次々ととり続け、この財界戦略をバックアップし、おしすすめてきたのです。 有期雇用に関する規制の緩和、派遣労働の自由化等の労働市場における規制緩和は、派遣労働者や製造現場における請負労働者などの非正規雇用労働者を大量に生み出し、これらの労働者は安価にかつ企業の需要に応じて流動化させられるという、安く使い捨てられる労働者とされ、請負労働者で給与は時給、正社員の半分以下、ボーナスや昇給はなく、短期雇用でいつでも辞めさせられるという、「ワーキング・プア」が作り出されていったのです。 「労働ビッグバン」「ホワイトカラーエグゼンプション」などを許さずに 労働市場における規制緩和政策により、ワーキング・プアなど格差と貧困の問題が拡大し深刻化している状況があるにもかかわらず、例えば経済財政諮問会議は〇六年一〇月に、いわゆる「労働ビッグバン」を打ち上げ、労働時間の裁量化として、一定年収以上のホワイトカラーに残業代を支給しないいわゆるホワイトカラー・エグゼンプション制度の導入や、派遣労働の期間制限撤廃などの規制緩和策を提言しています。 |
|
ホワイトカラーエグゼンプションは、長時間・過密労働とサービス残業を強いられている労働者に対して、自己管理型労働と称して労働時間規制を適用除外することにより、不払い残業を合法化し、さらなる人件費圧縮につなげようとするものです。日本経団連は、違法なサービス残業を解消するために政府が発出した「サービス残業解消通達」をやり玉にあげ、「企業の労使自治や企業の国際競争力の強化を阻害しかねないような動きが顕著」などと非難しており、サービス残業を合法化し、人件費カットを意図していることがみてとれます。 ホワイトカラーエグゼンプション導入は、労働者、労働組合、広範な市民の反対により政府は法案上程を断念するという展開をみましたが、依然として財界はこの導入を強く求めており、現厚生労働大臣が制度の導入に意欲を示す発言をするなど、労働時間規制に関するさらなる規制緩和を求める動きは継続するものと考えられます。 派遣労働に関しても、派遣会社側の違法行為、賃金ピンハネ、誇大広告による労働条件の偽装が社会問題化するなか、登録型派遣の禁止、現在は原則自由の労働者派遣を再規制(労働者派遣は原則禁止、一定の類型だけを特に許すという九九年以前の規制内容に戻す)を求める声と取り組みが非常に大きくなっています。反面、日本経団連の規制改革要望では、雇用労働分野の三四項目中、派遣期間制限の撤廃、雇用申込義務の廃止、禁止業務の解除など派遣関係で一一項目を掲げ、完全な自由化を求めるものになっています。 労働市場における規制緩和は雇用格差と貧困をもたらし、これらをもたらす新自由主義改革政策が続けば状況はさらに酷くなります。新自由主義的政策に異議申立てを行うことが今極めて重要です。 |