2006年6月29日、東京地方裁判所は堀越明男さん(社会保険庁勤務)に対して、国家公務員法違反(政党機関紙配布の禁止、政治的目的文書配布の禁止)を理由として、罰金10万円・執行猶予2年という有罪判決を下しました。
1 ビラをまいただけなのに
本件で「犯罪」とされた事実は、社会保険事務所職員である堀越さんが、2003年11月の土・日・祝日に、職場とは離れた自宅近くの高層マンションで、政党機関紙号外などを各戸の郵便受けに投函してまわった、というものです。
堀越さんの行為を、公安警察は、約1年もの間、内偵捜査(要はつけ回し、盗撮です。)を続けました。検察官が証拠として裁判所に提出したビデオテープには、29日間連続、のべ171人もの捜査官を投入して、堀越さんの私生活の一部始終(歯医者に行ったことから、債務の返済に立ち寄ったこと、さらに友人と観劇に行ったことまで!)が記録されていました。これは犯罪捜査に名を借りた、プライバシー侵害という不法行為に外なりません(このビデオテープは2006年3月25日の「サンデープロジェクト」でも報道されました)。このようにして集められた証拠により堀越さんは、逮捕・勾留され、さらには起訴されるに至ったのでした。
ところで、なぜ、このような行為が「犯罪」とされるのでしょうか。昨今、ビラの配布行為に伴う、建物への立ち入り行為が、「住居侵入罪」として事件とされる例が葛飾、立川などで起きています。しかし、本件の罪名はこれらとは異なります。国家公務員法(国公法)、人事院規則により定められた政党機関紙配布の禁止、政治的目的文書配布の禁止に該当するとして刑事訴追されたのです。
2 猿払事件
以前も本件と同様な事件が問題になることがありました。1967年に北海道の猿払村で、郵政事務官が、衆議院選挙の際、日本社会党の公認候補者ポスターを公営掲示場に掲示し、さらに、そのポスターを配布したという「猿払事件」と呼ばれるものです。最高裁は、このような行為に、国公法・人事院規則を適用することは、「国家公務員の政治的中立性に対する国民の信頼」を確保し重要な利益であるとして、有罪判決を下しました。これに対して、憲法学者や世論の非難が激しく起こり、本件に至るまで、約37年の間、国家公務員の政治的行為が犯罪として起訴されることはありませんでした。
3 裁判所はどう判断したか
ところで、本件において、弁護団は考えられうる限り全ての法律的主張を行いました。主なものを挙げると、
@国公法・人事院規則は憲法に反し、無効である
A国公法・人事院規則は国際人権規約に反し、無効である
B堀越さんの行為は刑罰を科するだけの内容を備えていないので無罪である
C上記盗撮などの内偵捜査は違法であり、それによって集められた資料を証拠として使うことが出来ないので、裁判所は「 犯罪」事実を認定することはできず、無罪である
といったものなどでした。
裁判所は、かろうじて尾行・盗撮行為の一部はやりすぎであったとして違法と判断しました。しかし、その他の弁護人の主張は退け、堀越さんに対して有罪判決を下しました。
われわれ弁護団はその判決内容を聞いていて、非常に情けない思いに駆られました。というのも、判決内容が先に述べた猿払事件の最高裁判決とほとんど同じ内容であり、裁判所が頭を悩ませた形跡が見て取れなかったからです。猿払事件最高裁判決後、憲法学会や世論の大きな批判を受け、事実、以降37年間にもわたって同種事件が立件されることがなかったにも関わらず、裁判所はこれらの批判的見解を反映することなく、この悪名高い最高裁判例を踏襲していたのでした。
そもそも、政治的表現の自由という権利は、他のどんな権利よりも大切に扱われなければならないというのが、憲法学の「常識」なのです。なぜなら、民主主義社会において、いろいろな政策は政治的表現の積み重ねにより実現されていくからです。政治的表現の自由が侵害されれば、もはや「表現の自由」によってこれを回復させることはできないのです。裁判所は、この「常識」を宣明せずに、公安警察の肩を持ち、堀越さんに有罪判決を下したのでした。
4 最後まで闘い抜く
我々弁護団一同(当事務所より3人参加)は、本判決を不服として東京高等裁判所に控訴(不服申立て)しました。高裁、さらに続く最高裁(規制の憲法適合性が問題となっているので、高裁で勝っても負けても最高裁まで行きます。)では、なんとしても本判決を覆し、無罪判決を勝ち取る所存です。弁護団は、堀越さんの行為の正当性を示し、国家公務員の政治的自由を擁護し、ひいては国政に様々な国民の意見が反映される自由闊達な社会の創造・維持に貢献できるよう日夜奮闘しております。皆さまのご理解・ご支援をよろしくお願い申し上げます。
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