今注目すべき 労 働 法 制 の動き | |
弁護士 堀 浩 介 | |
1 労働審判制について 来年4月から労働審判制が各地方裁判所本庁でいよいよ実施されます。現在、そのための準備作業が着々と進んでいます。この手続では、審判官(裁判官)と労使の審判員各1名からなる審判委員会が労働事件(解雇、賃金未払いなど)の審理にあたり、概ね3回の期日で審判を出すことが予定されています。審判員に労働事件の知識と経験があり、中立かつ公平な人材を得ることによって、労使の実情に即した迅速な事件の解決が図られることが期待できます。労働側の審判員は、連合と全労連が推薦することになっており、東京については、労働側審判員115名中、97名を連合が推薦、11名を全労連が推薦するという情報があります。制度の立ち上げにあたっては、制度を軌道に乗せるためにも、労働事件を扱う弁護士が労働者あるいは使用者の代理人として積極的に関与する必要があります。弁護士会でも、本年1月15日に研修会を開催することが決まっています。 2 労働契約法制について 厚生労働省は、昨年4月23日、労働契約のルールについて、包括的なルールの整備・整理を行い、その明確化を図ることが必要であるとして、「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」を立ち上げました(座長菅野和夫元東京大学法学部長)。 研究会は、既に5月24日には配転・出向・転籍について、6月10日には労働条件の不利益変更について、討議を行っています。また、9月には労働側、使用者側の弁護士を招いてのヒアリングも行っています。研究会は、来年春には論点整理を行い、同年秋にも報告書を取りまとめる方針です。報告書の方向性として、労使が「対等」であるとの建前を前提に、労働者が使用者から情報の提供を受け、使用者と協議して決めた労働契約の内容については、法律がそれに極力介入しないようにすること、法律上無効な解雇であっても使用者が労働者を復職させず、金銭により解決することを可能とする制度を導入することを提言する可能性があります。研究会が労働者の生活と権利を守るという観点に立って、使用者の無法な行為を禁止し、無効とするルール を提言するよう、世論による監視を強めていくことが大切です。 3 担保法制について 新たな動産譲渡担保(企業の在庫商品などを一括して担保に入れて、営業資金の融資を受けるための制度)の登記制度、また包括的な債権譲渡(債務者が不特定の将来発生する複数の債権の譲渡)の登記制度 が昨年の臨時国会で審議され、法制度化されました。導入の名目は新規融資の促進のための担保制度の整備ということですが、実態はむしろ銀行や商社など大企業の既存の貸付債権回収のために使われる可能性が高いと思われます。この制度の導入により、企業倒産時、労働者が企業の在庫商品、売掛金などの売却・回収によって賃金・退職金といった労働債権の回収を図ることがほぼ不可能となる事態が発生することも予想されます。中小業者には、国・自治体が無担保・低利の融資制度を整備する必要がある一方で労働者の賃金・退職金の確保のための制度、法改正が必要です。 4 不払い残業を合法化するたくらみについて アメリカでは、日本の労働基準法にあたる公正労働基準法で、管理職、裁量職、専門職労働者、さらには外勤セールスマン、タクシー運転手までを含めた広範な労働者(1996年の時点で全労働者の25.9%)について、週40時間を超える労働をしても、通常であれば支払われる1.5倍の割増賃金の支払いを受けられないとしています。この制度はホワイトカラー・イグゼンプションと呼ばれています。イギリスにもオプト・アウトという同様の制度が設けられ、全労働者の33%が制度の適用に同意していると言われています。ホワイトカラー・イグゼンプションについては、導入要件を大幅に緩和する規則改正がなされ、昨年8月23日から施行されています。これにより、数百万の労働者の割増賃金が奪われると指摘されています。 日本でも、一昨年12月に労働政策審議会の建議が出され、その中でホワイトカラー・イグゼンプションなどについてさらに実態を調査した上で、今後検討することが適当であるとしています。これは日本経団連など財界の強い要求でもあります。日本は、過労死大国といわれているほど、労働者に対して無軌道な残業を強いる実態があるにもかかわらず、このような制度が導入されれば、さらに過労死を増大させる危険性があります。こうした制度の導入を許さない、労働者全体の取り組みが必要となっています。 |