日本航空 深夜業免除裁判
−仕事と家庭の両立を求めて−
          弁護士 大 森 夏 織
働かせてもらえない。 そして給料が1/20に…
 「突然、月に1日か2日しか働かせてもらえなくなる。給料も1/20に減ってしまう。理由は『子供や要介護者を抱えているから』」…こんな異常事態が、日本航空(現在の正式名称は日本航空インターナショナル。以下「日航」と表記。)客室乗務員の職場でまかり通っています。
 1999年(平成11年)、育児・介護休業法(以下「育介法」と表記。)上の深夜業免除制度が施行され、就学前児童や要介護者を抱える労働者は、深夜、つまり夜10時から朝5時の時間帯の就業は、申請すれば免除されるという権利が保障されました。
 日航でも、客室乗務員が深夜業免除を申請することで、深夜帯にかかるフライトではなく、日帰りの国内便や韓国便、中国便のフライトに乗務してきました。その勤務日も、深夜業免除のない客室乗務員と同じく、月間20日程度でした。
 ところが、日航は突然、昨年4月から「深夜業免除制度は、適用を受けられる人を『75名』に無作為抽選で限定する」と、扱いを変更しました。
 その時点で、深夜業免除申請対象者は、邦人客室乗務員約6500名中、約160名でした。つまり75名を超える約85名は、乳幼児や要介護者を抱えても深夜業を免除されなくなるというのです。
 このような方針変更は、表向きには、日航の企業統合による日帰り便の減少などを理由としています。しかし、日帰り便一機あたりの深夜業免除者の配置を増やしたり、統合先の日帰り便に出向乗務させるなど、いくらでも人員配置の工夫の余地はあるのです。日航の本音が、「家庭的責任を担う使い勝手の悪い労働者にはやめてもらいたい」という点にあることは明らかです。
 この「75名無作為抽選選抜」には、さすがに東京労働局の指導が入り、家庭の事情がせっぱ詰まった者から選抜する方針にいったん変わりました。
 しかし、その後、昨年8月から、今度は、深夜業免除を申請した客室乗務員全員の深夜帯フライトを免除するかわりに、人によっては月に1日か2日だけ、日帰りパターンのフライト乗務を与えるようになりました。それ以外の日は不就労日として無給。それまで月に20日間働いていたのが月間1日や2日の勤務となり、ひどい人は給料がそれまでの1/20にもなってしまったのです。
 それまで深夜業免除制度により、誇りをもって、仕事と、育児や介護との両立を続けてきた客室乗務員たちは、いきなり、仕事をそれまでの1/10や1/20に減らされたのです。月に1日や2日しかフライトできなくなれば、乗務のスキルを維持していくことも困難で、乗務のたびに新人と同じような緊張感を強いられもします。
 経済面でも、こんな無謀な給料カットをされたのでは、たまりません。とりわけシングルマザーなど家計を担う客室乗務員は、食べていけません。涙を呑んで、泣く子をベビーシッターに預け、何泊ものフライト生活に戻った客室乗務員も少なくありません。しかし、深夜、母親がおうちの中にいない生活では、精神的に不安定になったり体調を崩す乳幼児もいます。身体の弱い子供を抱える客室乗務員などは、相変わらず深夜業免除を申請するしかないのです。
 日航は、不就労日には兼業を認める、と従来の兼業禁止方針を変更しましたが、毎月毎月フライト日が違う不安定な勤務形態の客室乗務員が、安定した兼業につけるはずもありません。せめても可能なビラ配りを兼業して糊口をしのぐ客室乗務員も増えました。このように、「深夜業免除を申請したら、深夜に仕事をさせない代わりに、昼間の仕事も与えず収入激減」という日航の措置は、家庭的責任を担う客室乗務員に、「仕事か、さもなくば家庭か」という二者択一を迫るもので、到底許容できません。
 わが国は、職業生活と家庭生活の両立を図るILO条約を批准し、同勧告を受ける立場にあります。ILO156号条約は、家庭的責任を担う労働者が、できる限り仕事上の責任と家庭的責任との間に抵触がなく仕事をできるよう、国は政策を立案しなければならないと、真正面から「仕事と家庭の両立」を唱っています。育介法、男女共同参画社会基本法、昨年成立した、企業に対し仕事と子育て両立支援への具体的取り組みをせまる次世代育成支援対策推進法、これら全ての法と指針、行動計画も、「仕事と家庭の両立」を保護し、会社に条件整備を要請しています。
 日航の措置は、これら諸法が、労働者に「職業生活と家庭生活の両立」を権利ないし法的利益として保障した趣旨を、根本から没却するもので、時代の流れに逆行するものです。
 裁判をおこしました
 このような日航の措置に対し、本年6月23日、先陣をきって2人の客室乗務員が、東京地方裁判所に提訴しました。今後の追加提訴も予定されています。
 原告となった客室乗務員は、それぞれ勤続24年、26年のベテランで、航空機の安全を守り、快適なサービスを提供するため、長年真面目に働いてきた人達です。同時に、就学前児童の親として、子供を健やかに育て、家庭生活を営むことも、強く求めています。
 訴訟では、第一に、それまで毎月20日間働いていたのが1日か2日しか働かせてもらえなくなったことで、不就労・無給を余儀なくされカットされた賃金全額の支払を求めています。「働いていないのに全額請求?」と思われるかもしれませんが、実態は、原告ら労働者側は「働きます。働かせて下さい」と労務を提供しているのに、会社が勝手に拒絶して働かせないのだから、賃金がカットされるいわれはないのです。
 前述のようにILO条約・勧告、育介法、男女共同参画社会基本法、次世代育成支援対策推進法など諸法が全て「仕事と家庭生活の両立」を保障し、また、育介法の深夜業免除制度で、原告らのような就学前児童を抱えて働く親が希望する場合には深夜に働かせてはいけない、と命じられる以上、「深夜帯でなく昼間の時間帯に働きます」という労務の提供は正当であり保障されなければいけないのです。仕事と育児の両立のために、深夜に働かせてはいけない労働者に対して、会社側は、「昼間の仕事を与えなければいけない」のです。日航にはいくらでも、与えるべき昼間の仕事、つまり日帰りフライト便があるのです。
 訴訟では、第二に、このようなカット賃金全額の支払いが認められなくても、最低限、正規賃金の6割分にあたる休業手当の支払いを求めています。休業が会社の都合である場合、法は賃金6割分の休業手当の支払いを命じているからです。原告らの休業が日航側の都合であることは明らかです。
 裁判の意義
 この裁判は、育介法上の深夜業免除制度が施行されて以来はじめて、その制度趣旨や法規範性が争われる先例的訴訟です。原告らの立場は、全ての、仕事と家庭の両立をめざす労働者に共通しています。
 そして日航は、とにかく「使い勝手の悪い労働者にはやめてもらいたい」との動機で、深夜業免除を理由に原告らを働かせないのです。原告らの立場は、いわれなき賃金カットやリストラを受ける全ての労働者と同じです。
 負けるわけにはいきません。どうぞご支援よろしくお願い致します。

なんぶ2001年夏号