中国「残留孤児」国家賠償訴訟にむけて
                                                            弁護士 長尾 詩子
 日中戦争前、政府の推奨により、満州開拓団として中国に移り住んだものの、敗戦後、両親と離別して中国に取り残された「中国残留孤児」のことを知っていますか?
 孤児達は貧困生活に苦しみ、「小日本人」「鬼子」などと呼ばれ、つらいめにあいながら、大人になり、様々な苦労を経て日本に帰国しました。
 しかし日本での生活は、中国以上に厳しいものでした。戦死死亡宣告によって、戸籍を抹消された人もいました。
 また、帰国後の自立支度金が小額であったため、孤児達の生活はすぐに困窮しました。既に中高年になっていた孤児達が日本語を修得するのは難しく、就職することも困難でした。運良く職を見つけて必死に働いてきた孤児達も、老後は日本で働いた期間が短いため、月額2万円程度の年金です。政府は不満なら生活保護を受けろという方針ですが、生活保護では中国で世話になった義父母の墓参りにすら行けない状況です。
 2002年12月20日、ふつうの日本人と同じ生活がしたい… そんな思いを抱いた孤児達約660人が、国家賠償請求訴訟を提訴しました。
 裁判のための聞き取りをしていた時のことです。それまで中国語しか話さなかった女性が、突然日本語で、「はーるがきーたー、はーるがきーたー、どーこーにきたー…」と歌い出しました。彼女は通訳を介し、「私が小さい頃、母がよく歌ってくれました。父が死んで、つらいことがあると歌ってました。歌の意味はわからないのですが。」と話し、ふっとなつかしそうな表情をうかべました。そして、「母は、日本に帰りたいとずっと言っていましたが、小さい私に食べさせるために、働きすぎて中国で死にました」と言い、じっと下を向きました。
 こんな思いを抱いて生きてきた人たちが、早く「春」を迎えられるように、「ふつうの日本人と同じ生活」ができるように、ご支援をお願い致します。




            弁護士 早瀬 薫
 病院で治療をうけて深刻な感染症にかかる。こんな理不尽なことはないと思います。
 昨年10月21日、出産や手術などの際にウィルスに汚染された血液製剤の投与をうけ、C型肝炎に感染した患者ら16人が、国と製薬会社3社を相手取り、損害賠償を求める裁判を起こしました(東京、大阪両地裁)。
 1960年代頃より、多人数の血しょうを集める濃縮血液製剤は、ウィルスに汚染されて肝炎感染の可能性が高いことが指摘されていました。この裁判は、このような危険性があることを知りながら製造・販売を続けた製薬会社と、それを認可した国の責任を追求するものです。
 ただし、この裁判の目的は、個々の原告の金銭的な救済というだけではありません。輸血による感染者を含む肝炎被害者全体の救済をも目的としています。C型肝炎の感染者数は推定200万人とされ、そのほとんどが輸血などの医療行為による感染と言われています。これらの感染被害者のうち、既に肝硬変、肝癌へと進行してしまった方も少なくありません。
また、多くの方が、病気の進行に不安を抱きながら定期的治療や高額な治療費の負担に苦しんでいます。事態は大変深刻です。早急に、検査体制の確立、診断・治療体制の充実、治療技術の開発促進、医療保障などの対策が望まれます。
 まだまだ裁判は始まったばかりですが、皆様の暖かいご支援を心よりお願い申し上げます。
なんぶ2002冬号