民主主義の毒素は
「健康」「安全」の名のもとに注入されていた!

                                弁護士 山 口  泉
「健康を害する罪」とは…
 先日某テレビ局の某番組で次のようなものがあった。この番組は平成25年の出来事としてVTRが流れ、なぜそのようなことが起きたかを出演者が答えるという形式のものであった。VTRは男性が交際していた女性に別れ話を切り出したところこの男性が逮捕されたというものであり、出題はこの男性はなぜ逮捕されたかというものであった。そして、答えは平成14年に「健康増進法」が成立したからというものであった。
 「健康増進法」は、昨今私鉄の駅などで喫煙所をも廃止し全面禁煙化された際に〓「健康増進法」の施行により〓とされていたことなどを読者の皆様もよくご承知のことと思う。一見素晴らしげな法律なのであるが、この法律は、国民の圧倒的反対を押し切って強行採決により成立したサラリーマン医療費自己負担を3割に引上げる健康保険法の改悪法案と一括で成立したという生い立ちとともに、その内容においても重大な毒を含んだ悪法なのである。

「国民の責務」という毒が…
 番組でも紹介されていたが、「健康増進法」では「国民の責務」として、「国民は(略)健康の増進に努めなければならない」とされている。いうまでもなく「責務」とは責任と義務であり、「健康増進法」においては個人が健康を増進させることが国家社会に対する責任と義務とされているのである。もとより「健康」それ自体は重要なものであるが、それは個人が自由で主体的な意思により決定すべきものであり、国家権力により義務や責任として課されるものではない。それが「個人の尊厳」なのである。個人が自主決定するべき領域に国家が「国民の責務」の名のもとに介入してくることは「民主主義」にとって恐ろしい毒なのである。
 冒頭の番組は平成25年の出来事として、男性が女性に別れ話を切り出したところショックを受けた女性が健康を害したことから、女性の健康の増進を害したという理由で男性が「健康増進法」違反により逮捕されたというストーリーになっていた。時の政府などが国民の権利を害する「悪法」を持ち込もうとするとき、我々は危険性を訴えるため、「こんな法律が通ったらこんな社会になってしまう」という論を展開することがよくある。冒頭の番組は「健康増進法」がもつ民主主義に対する毒をよく表していたと感じた。

「安全」という名の毒も…
 最近各自治体で生活安全条例が次々と成立している。千代田区の路上禁煙が有名であるが、自治体によってはゴルフクラブを理由なく携帯することを禁じているところもある。東京都の安全・安心まちづくり条例では「都民の責務」が定められており、都(つまり警察)の施策へ協力する責務が都民に課されている。住民に警察の「肩代わり」「下請け」をさせるもので、住民を巻き込んだ監視体制につながり民主主義にとっての重大な驚異になるという指摘が強くなされている。

「健康」「安全」の中に毒素が…
「健康」「安全」は誰もが否定しがたい「美しい」ものであるが、この「美しい」名のもとに民主主義の毒素が混入されていることに気付くのが平成25年では遅すぎるのである。

なんぶ2002冬号