コラム
月別アーカイブ: 8月 2026
2026.08.31
弁護士 塚原 英治
認知症や知的障害の人らを支える成年後見制度を見直す民法の改正が2026年6月に成立し、2028年中には施行されることになりました。改正により、これまで本人の判断能力に応じて権限に差を設けていた3類型のうち、「後見」と「保佐」を廃止し、「補助」に一本化されます。また本人が意思を表示できない場合を除き、補助開始審判の申立てには本人の同意が要件となります(改正民法7条)。補助人には本人の意向を把握し、本人の意向を尊重する義務があると明記されました(改正民法876条の11)。
これまで成年後見人は法律上当然に代理権を持ち、これが終身続いていましたが、改正により、新しい制度の補助人には裁判所が必要な範囲の代理権を与えることにし(改正民法11条)、遺産分割や不動産の処分といった必要な行為が終了したときは補助も終了させることができるようになります(改正民法12条)。弁護士や司法書士などの専門家が後見人になる場合はこれまでは年20万円から30万円の報酬が長期間必要になっていましたが、短期で終了させることが可能になります。
なお、これまで「成年後見」に当たるとされてきた「精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」について、家庭裁判所が必要と認める場合は「特定補助人」を付するものとし、本人の法定の重要な財産上の行為の取消権、本人に対する意思表示の受領権、本人の財産についての保存行為をなす権限を与えることになっています(改正民法10条)。特定補助人を付する審判をした場合は、意思表示の受領能力(改正民法98条の2)、時効の完成猶予(改正民法158条)、遺言の制限(改正民法966条)等について、これまでの成年後見同様の扱いを受けます。
2025年の統計では、成年後見の件数は4万3000件、本人申立が24.8%、精神保健法51条の11の2に基づく市町村長の申立てが23.7%を占めています。認知症の人は472万人に上り今後も増加する見通しです。使いやすい制度になるか、施行までに家庭裁判所の職員の増加、担い手の育成等、態勢の整備が必要になります。
なお、新法施行前に開始した成年後見等については、新法施行後も、基本的には変わりはありませんが、前記の本人の意向尊重義務の規定や「補助開始の審判を受けた者の利益のため特に必要があるとき」に補助人の解任ができるとする改正民法876条の5第3号の適用があります。従来は後見人に不正や職務違反行為がない限り解任は認められませんでしたが、後見人の交代が求められるケースもあるので、裁判所が相当と認めれば交代を可能にするものです。
また、成年後見人または成年後見監督人は、成年被後見人について改めて補助の申立をすることもできるとされており(改正法附則2条4項)、新たに補助の審判をする場合は、従前の後見開始の審判が取り消されます(同条6項)。本人・配偶者・四親等以内の親族等の請求により、成年後見開始や保佐の審判を取り消すことも可能になります(同条7項)。
2026.08.12
弁護士 海部幸造
8月6日、広島に原爆が投下されて81年目のこの日の夜に大田憲法会議と東京南部法律事務所共催で「Oota憲法Sch00l」「憲法と落語 ~「笑い」までも協力させた戦争」が行われた。参加者はほぼ満席の約130名であった。
日本には、講談や落語など、古来から話芸が発達してきたが、日本が戦争に向かっていく中でこうした庶民の娯楽であった講談やさらには落語までもが、国民を戦争に駆り立てる事に協力させられて(して)いく。そうした大きな社会の流れや権力の圧力の中で、53もの噺が「禁演落語」(上演を禁じられた落語)とされ、さらには当時の国策に沿った「国策落語」が創作されていった。
企画では、そうした歴史的・社会的状況、どのような噺が禁演落語とされたのかを落語など話芸史研究家の柏木新さんがお話しされたあと、二代目林家三平師匠がまずは禁演落語、中入り後に師匠のおじいさんである七代目林家正蔵師匠が作ったという国策落語の二席を熱演した。
禁演落語は53種と数えられているが、そのうち32種が遊郭に関した郭噺(くるわばなし)であり、有名な「高尾」までもが入っている。妾を扱った噺(4種)もダメで、この日三平師匠が演じたのはその中の一つ「悋気の独楽」。お店のお女将さんが主人が内緒(のつもり)で囲った妾に焼き餅を焼き、そこに例によってしれっととぼけたお店の小僧が一枚かんでのドタバタ噺である。熱演で面白かったが、それだけに、こんな噺までが禁演になったんだの思いを強くする。
他にも不義・好色の噺も16種を数えたという(他には、残酷なもの1種)。柏木さんは、他の著書で、戦争を遂行する国家権力にとって、これらの演目の「人間的な面」が不都合だったのではないかと述べておられるとのことだが、まさに、そうなのだろう。
二席目の国策落語は「出生祝い」。裕福なお店の息子に赤紙が来て、みなが「お目出度う」「お目出度う」と言い、ケチな番頭さんが尾頭付きでお祝いをしようと言い店子は全員大喜びするが、その「尾頭付き」とは目刺しで・・・という噺。三平師匠はこの噺を昔空軍基地があり今は自衛隊基地のある地方都市何カ所かで演じたが全く受けなかったと話していた。熱演だったが確かに面白くはない。現代の私たちが聞くと「尾頭付き」の笑いと「赤紙」の状況との繋がりに無理を感じてしまう。ただ、私は噺の冒頭に、番頭さんが「ミッドウェーの海戦でも我が国は大きな勝利を収めたと言うし、ここで若旦那が出征されるという、こんな目出度いことはない・・・云々」と嬉しそうに言うそのことに、ちょっとはっとした。この時代の人達はそんな風に思い込まされ、そう感じていたんだろうな。
最後に柏木さんと三平師匠の短い対談があった。一番印象に残ったのは、三平師匠が母親である海老名香葉子さんに、「今の人達が戦争のつらさをどうしたら感じることが出来るかね」と尋ねたら、香葉子さんはちょっと考えて、「3日間何も食べないで過ごせばわかるかな」と答えたとのこと(師匠は「健康でない人は絶対にやらないで下さい」と何度も念を押していた)。なるほど。
「新しい戦前」の色を急速に濃くしようとしている今の日本の社会を考え合わせて、新聞、ラジオといったメディアのみならず、落語などの庶民の娯楽を含む文化全体、生活全般が戦争遂行の方向に絡め取られていくその怖さを垣間見、少し肌で感じる事ができた。いつもの憲法会議の講演会などの企画とは少し毛色が変わった、しかし大変良い企画だった。